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 ―― 実際、圭吾も俺と距離を置いてた。 「もう、圭吾とこうやって話す事は無いと思ってた。俺にもっと力があれば……」 「その事はもういい。瞬が俺を嫌って無いって分かったから……今はそれだけで」  ずっと心の深い所に燻っていた重圧が、圭吾の言葉でほんの僅かだが軽くなったような気がする。  過去の出来事を振り返れば、心が軋んで酷く痛む。距離を取った一番の理由は、その呪縛から逃げ出したいと思ってしまっていたからだ……と、この瞬間、瞬ははっきり自覚した。 「叶多はホントにイイ奴なんだ。例え過去がどうであれ、こんな扱い受けていいような奴じゃ無い。だから……」 「分かってる。俺を信じろ」  抱き締める腕に力が籠り、瞬は小さな吐息を吐く。ようやく少し近付いた彼を、危険な目には遭わせたく無い。  だけど、叶多を見捨てるなんて事、今の自分には出来やしない。 「俺に出来ることはする。だから、危険な真似はするな」 「……ああ」  真摯に響く圭吾の声に、やはり泣きたい気持ちになるが、グッと唇を噛んで堪えると、瞬はおずおずと腕を伸ばして彼の背中を抱き締めた。   ***    ―― はやく、逃げなきゃ。  走っても走っても、泥水に足を取らたように全く前に進めない。そんな夢から目覚めた叶多は痛む身体を無理矢理起こしてベッドの脇へと立ち上がり、シーツを身体に巻き付けた。 「く……うぅっ」  素早く動いているつもりだが、実際には全く身体が命令に従わず、ふらついてよろける脚は、いつ膝をついてしまってもおかしくは無い状況だ。 「……あっ」  ふと動かした視線の中に皿と紙が映り込み、焦点を合わせていくと、サイドボートの上にはもう冷めてしまったであろう粥と、几帳面な文字で書かれたメモが並べて置かれていた。 『起きたら食べて下さい』 たった一行。事務的に書かれた文から感情は伺えない。

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