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「逃げて、どこに行くつもりだった?」  薄く笑みを浮かべた顔が至近距離に近付いて来る。どう答えてもきっと無駄だと悟った叶多が黙っていると、そのまま須賀がキスして来たから驚きの余り目を見開いた。 「っ!」 「そんなにビクつくな。今は何もしない」  軽く触れ合うだけの接合にも疑心暗鬼になってしまうのは、今まで彼から受けた仕打ちが余りに酷い物だったから。 「……答えろ。逃げて、どうするつもりだった」  さっきより強い声音で問われ、叶多の中に渦巻いたのは戸惑いよりも憤りだった。  ―― 何も言うなって……黙って従えって、言ったじゃないか。  聞いて欲しかった言葉は全て、切り捨て無視してきた癖に、今になって理由を話せと傲然と言い放つ。どうせ何と答えたところで、また自分を弄ぶる為の口実にしたいだけなのだと……分かっているから黙っていると、目の前にある薄い唇が口角を綺麗に上げた。 「どうした、声も出せないのか?」  喉で笑う音がする。馬鹿にしたようなその微笑みに喉まで言葉がせり上がるが、どうしても声にする事が出来ず叶多は唾を飲み込んだ。 「どうせ、御園の所に駆け込むつもりだったんだろ? 泣きついて、アイツに許しでも請うつもりだったのか?」  ―― そんな事、出来る筈無い。僕は……唯に会う資格が無い。 「逃げたところで他にお前が行ける場所なんか……」 「……っ!」  須賀がそこまで言ったところで、どうしても我慢出来なくなった。事情を知りもしない癖に、何でも知ってるつもりになって、自分勝手な憶測だけで人を勝手に振り回す。そんな彼が許せなくて、叶多は自分の耳を塞いだ。  ―― きっと、怒る。  分かっていても、制御する事ができなかった。口も目も、自分の意思で閉じられるのに、何故耳だけはお構い無しに音が入ってくるのだろう?

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