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「では、私はここで」
久々に来た教室の前、数歩前を歩く射矢が立ち止まって振り返る。
「はい。ありがとうございました」
一緒に登校して欲しいなんて頼んだ訳ではないけれど、それでも叶多が礼を告げると、射矢は僅かに眉根を寄せて「仕事なので」と返事をしてから足早に立ち去った。
意を決して教室の中に入って行くと、一瞬の内にざわめきが消え、ピンと張り詰めた静寂へと室内が包まれる。
被害妄想かもしれないが、視線が刺るような感覚に、叶多は自分の席までずっと下を向いて移動した。
あの日……逃げ出した理由を聞かれ、抵抗してしまった叶多が須賀を怒らせてしまった日。
後から来た伊東によって拘束具が外されたのはうっすらと覚えているが、次に目を覚ました時には一人きりで寝かされていた。
それから叶多が完治するまで、伊東と射矢が世話をする為に交互に部屋へと来たけれど、須賀は一度も姿を見せず、今朝突然来たと思ったら「学校に行け」と一言告げて、また部屋から出て行った。
姿を目に映しただけで叶多は酷く動揺したが、今日は何もされなかったから安堵に肩を撫で下ろした。
いつまでも休む訳にはいかないし、逃げ出す事には失敗したから、今はとりあえず彼の命令に従わなければならないと思い、登校しては来たけれど。
―― よかった。まだ、机はある。
以前いた学校では、机や靴を隠されもしていたから、冷たい視線を浴びるくらいは何でも無いと叶多は自分に言い聞かせる。気付けば一旦凍った空気も既に元に戻っていて、聞こえて来る会話の中に、中傷などは交っていないようだった。
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