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「伊東さん、遅いですね」  仕事が一段落したのか椎葉が話しかけてくる。悠哉と射矢以外の人間は全員二年生だから、傍目から見れば敬語は変だがここでは当たり前だった。 「ああ、ここに来る前に用事を頼んだから……でも、そろそろ来るだろ」  返事をしながら隣を見遣ると、叶多はまるで置物のように微動だにせず俯いている。  ―― 嫌々ここにいますって顔だな。  表情らしい表情は浮かんでなどいないけれど、僅かながら眉間に皺が寄っているのが見て取れた。  当たり前だ。酷い目に合わせている自覚くらいはちゃんとある。ただ悠哉自身……叶多と接する度にわき上がる憤りに似た強い感情の理由までには思いが至らず、その事にすら気付けて無いから更に(たち)が悪かった。 「失礼します」  暫し横顔を眺めていると、ドアが開いて伊東の声が聞こえてくる。 「連れてきました」  いつもより少し硬い声音に悠哉が視線を前に移すと、伊東の隣に立つ人物が、睨むようにこちらを見ていた。 「……久世さん」   珍しく、射矢が小さく驚いたような声を出す。その声に……弾かれたように叶多が顔を上げたのが分かり、悠哉は何故か胸の奥底が、チクリと痛んだような気がした。 「言われた通り連れて来ましたけど、どうします? 入れますか?」 「入れろ」  尋ねてくる伊東を見遣って悠哉がそう返事をすると、頷いた彼がドアを開いて外の人物に声を掛け……少しすると一人の生徒が室内へと入ってくる。 「佐野さんっ」  今度は椎葉が声を上げた。チラリと視線を横に送ると、余程驚いたのだろう……大きな瞳を更に見開いて叶多が小さく震え出す。  ―― そう、それでいい。  きっと叶多にはこれから何が起るのかなんて、想像さえも出来ないだろう。 「連れて来てくれてありがとう」  口角を少し上げた悠哉は、労いの声を伊東にかける。

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