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「さて、見張りに報告されでもしたら、困るのはこの子だ。そろそろ席に戻った方がいい」
「……分かってる」
予鈴の音が聞こえて来たから話を切ってそう告げると、叶多の頭を撫でていた手を名残惜しそうに離しながら、こちらに視線も向けないままに瞬はボソリとそれに答えた。
彼はこの先どう動くのか?
図星を突かれた瞬はもっと怒るだろうと思っていたから、些 か拍子抜けしたが……彼には彼で何か思う所でもあるのだろう。
―― さて、どうしようか。
余程疲れているのだろう。ピクリともせずに眠る叶多を斜め下方に映しながら、首筋と襟の隙間から覗く紅い咬み跡にそっと手を伸ばし、確かめるように指を這わせた。
―― もう少し様子を見るか……それとも。
須賀がここまで誰かに固執するのを見たのは初めてだけど、多分自分が執着している事にすら……彼は気付いていないだろう。
「ホント、悠哉は分かりやすい」
意味深な笑みを口元に浮かべ佐野が小さく囁くと、流石に擽ったいのだろうか、叶多が僅かに身じろいだ。
***
「……あっ」
目覚めた途端、机の木目が視界一杯に広がって……状況が上手く飲み込めないまま慌てた叶多が顔を上げると、「おはよう」と間延びしたような佐野の声が聞こえてきた。
「おはよう……ございます。えっと……」
「俺が運んだ。ありがとうは?」
「あ、ありがとうございます。あの……」
「はい、これ食べな」
「……え?」
目の前にスッとゼリー飲料が差し出され、状況が飲めず固まっていると、蓋を開けた佐野が再度それをこちらへと向けてくる。
「でも、僕、あまり……」
「食べなきゃ、保たないだろ」
食欲が無いと言い出す前に、柔らかな声音で言われて心臓が少し脈を速めた。保たないという彼の言葉から、須賀の姿を思い出し……身体をブルリと震わせる。
「……ありがとう」
受け取って少し口に含むと、さっぱりとしたグレープフルーツの酸味と甘みが広がった。
「よし、いい子だ」
微笑んだ佐野に頭を軽く撫でられて、どうすればいいか分からず叶多は視線をウロウロ彷徨わせる。
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