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「もう放課後だから誰もいない。そんなに警戒しなくても平気だ……って言っても、直ぐには信じられないだろうけど」
「……」
当然だ。と、叶多は思う。今までの経緯からみても、佐野の事を信用できる要素はまるで見当たらないし、ガードに指名された時にしてもかなり不満そうだった。
なぜ急に、叶多に対する態度を変えたか分からない以上、何か裏があると疑ってかかった方が良いだろう。
「またそうやって黙る。何か言いかけてたろ? 言ってみな」
「別に、何も……」
言葉はいつも咽の辺りでつかえたように声にならないが、それを誰かに指摘された事は殆ど無いから心が酷くざわついた。まるで全てを見透かしたような、佐野の言葉が胸に刺さる。
―― でも、言っても無駄だ。
「言っても無駄って思ってる?」
「っ?」
「いつもそう顔に書いてある。でもさ、ホントにそう? 全部無駄?」
「……ぁっ!」
突然……伸びて来た佐野の掌に頬を包むように固定され、額と額がくっついてしまう位に顔が近付けられた。
「離し……」
「言ってみろよ。お前はどうしたいか」
声音が少し低くなる。表情こそ微笑んでいるが、腹の底がまるで読めない暗く深い瞳の色に、叶多は堪らず視線を逸らして唇をキュッと噛みしめた。
「ダンマリか。まぁ、相手が俺じゃしょうがないか」
「離して……下さい」
分かっているなら止めてほしい。それに、言っても無駄だという事は、何度も思い知らされている。
だからといって黙っていても、結局誰かが難癖を付けて「お前が悪い」と詰 ってくる。
「そろそろ見張りが戻って来るな……帰ろう」
「え?」
「ちょっと離れて貰った。じゃなきゃ、こんな話できないだろ?」
唇の片端だけを器用に上げて微笑む佐野に、どんな手段を使ったのかと叶多が瞳を丸くしていると、彼はチラリと廊下へ目を遣り耳元に口を近づけて来た。
「逃げたくなったら言いな」
「なっ……」
信用出来る筈の無い相手の、信用に値しない言葉。だけど、そんな彼の囁く言葉に心臓が音を一気に速める。
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