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 ―― どうして?  今まで一度も叶多を迎えに来た事なんて無かったのに、何故突然こんな行動に出たのか分からず不安になる。いつも……彼が目の前に現れる時は悪い事しか起こらないから、疑心暗鬼になってしまうのも仕方のない事だった。  冬場とは違い六月になれば、五時を過ぎてもまだ明るい。校舎から出ると寮へと続く煉瓦で出来た歩道があり、等間隔に植えられた樹木が、傾きかけた陽光の中で風にザワザワと揺れていた。 「アイツと……何、話してた」 「え? ……あっ」 「佐野と、何を話してたんだ?」  いきなり声を掛けられたことに動揺して口籠った叶多に、怒るでも無くもう一度須賀は同じ質問を繰り返す。 「……何も」 「何もってことは無いだろ?」 「……ゼ、ゼリーを……」 「ゼリー?」 「食べろって、渡されて……それだけ、です」  いつも喋るなと言われているから、どうしても……怯えが先に来てしまい、上手く言葉が紡げなかったが、それを咎める事もしないで「そうか」と須賀は呟いた。  梅雨の晴れ間というのだろうか?  爽やかな風に視線を上げると、飛び込んできた綺麗な緑に、ほんの少しだけ目を奪われて立ち止まりそうになるけれど……手首を引っ張る須賀の力に我に返って息を吐く。 「明日は、雨だな」  斜め前方を歩く須賀が唐突に告げて来るけれど……返事をしても良いのか分からず、見えない事は分かっていたけど叶多は小さく頷いた。 *** 「来い」  それからの数時間は、おかしな出来事ばかりだった。  部屋に戻ると『着替えて来い』と須賀に言われ、命令通りに着替えてリビングルームに行けば、タイミング良くチャイムが鳴って、幾つもの料理が次々部屋の中へと運ばれてきた。  ダイニングテーブルの上に並べられた料理を食べろと命じられ、食欲はまるで無かったけれど、何とか食べられそうな物を口に入れたのが二時間前。  六時前という比較的早い時間なのにも関わらず、目の前の席に座った須賀も叶多と一緒に食事をした。  会話らしい会話など殆ど無い状況だったし、また何かを企んでるんじゃないかと思えば、味も全く分からなかったが、強制的ではあったものの久々に胃は満たされた。

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