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「母親は入院療養中で、父親は亡くなっている。射矢の調べた資料では、御園の息子の犬だったって話だけど、信憑性は薄いかもしれないって最近は思う」  最初は圭吾もその情報を鵜呑(うの)みにしてしまっていたが、叶多を近くで見ている内に、もしかしたら見当違いなのではないかと思えてきた。  ―― 最初は……正直嫉妬もしてた。  瞬の隣のポジションに、自分以外が存在するのがもどかしくて堪らなかった。  だからといって意図的に彼を貶めようとは思わなかったが、見ていて何もしなかったから、ある意味自分も加害者だろう。 「いっそ学長に話してみるとか」 「どうだろう。自分の息子かそんな事したら、普通揉み消すところじゃない?」 「……じゃあ、どうしたら」 「俺はさ、もう少し様子を見ても良いと思うんだ。お前だって聞いたろ? 最初に小泉君が休んだ時……ん?」  そこまで圭吾が話したところでインターフォンが音を立てた。 「誰だよ、こんな時間に」  一旦話を切った圭吾がディスプレイを覗き込むと、思いもしない人物が居て、動きをピタリと止めてしまう。 「誰?」  訝しむようにそう尋ねてくる瞬の問い掛けに我に返ると、圭吾は彼を振り返りながら硬質な声でそれに答えた。 「……佐野がいる」 「なんで? 良く来るのか?」 「いや、今日が始めでだ。無視する……か?」  本当に……向こうから来たのは初めてだったが、そう今彼に告げてみたところで信じてくれるか分からない。  何故突然訪れたのかが気にならない訳ではないが、中にどうぞと言えるような心境にはなれなかった。 『いるんだろ? 従者の久世も……ちょっと話すだけだから、開けてよ。じゃないと、後悔するかもよ』  モニターに映る佐野の笑みに思わず舌打ちしたくなる。 「いいよ、玄関まで入れてやれば……今のアイツに去年みたいな権限は無い」  冷静に響く瞬の声が、ほんの僅かに掠れているのはかなり緊張しているからだ。そんな些細な変化にすら気付けるくらい、幼少からの長い期間、圭吾は瞬を見続けていた。

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