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「あっ」  身体の前へと引かれた手首にザラリと濡れた感触を感じ、驚愕した叶多は堪らず短く小さな声を上げた。 「目を開けろ」  命じる声に瞼を開くと、薄明かりの中黒い双眸がこちらを見据えているのが分かる。 「お前……どうしてあんなことをしたんだ?」  ―― あんなこと? 「俺に、何もしてないって……信じて欲しかったのか?」  ―― あっ、そうだ、僕は……。  意識を失う前の自分を思い出し、恥ずかしくなった叶多は目を伏せコクリと唾を飲むけれど、渇き切った喉は少しも潤ってはくれなかった。 「……俺は、命を狙われた事もあるから、ヤッても誰とも一緒に寝ないし、基本的には口でもさせない」 「……え?」 「咬み千切られたら洒落にならないだろ」 「そんな……」  何故そんな話を須賀が始めたのかは分からないが、思ってもみない内容と、手首に舌を這わせながら淡々と話す表情が……見たこともないものだったから叶多は心底戸惑った。 「お前みたいな奴……初めてだ」  脈絡も無く独白のように呟く声。それと同時に手首を掴んでいた掌が、今度は鎖骨の辺りを這う。 「痛かったか?」  火傷の痕を確かめるように指を這わせて聞いてくるけど、どう答えればいいのか分からず唇をキュッと引き結んだ。  当たり前だ。痛かったに決まっているし、須賀自身から受ける仕打ちも痛く苦しくて堪らない。  失敗はしたけれど……逃げ出したい気持ちは変わらず心の中を占めているし、出来ることなら早く興味を無くして欲しいと願っていた。 「言いたくない……か」  僅かに陰りを見せた声音に叶多がビクリと身体を揺らすと、「別に怒ってる訳じゃない」と見透かしたように告げられる。 「まあいい。寝ろ」 「っ!」  ギュッと身体を抱き締められて叶多は息を詰めるけど、いつものような身体の震えは不思議と襲って来なかった。  ―― どうして? 何度も須賀と繋がる内、身体の方が心を置いて彼に慣らされてしまったのか?

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