121 / 301
60
「あっ」
身体の前へと引かれた手首にザラリと濡れた感触を感じ、驚愕した叶多は堪らず短く小さな声を上げた。
「目を開けろ」
命じる声に瞼を開くと、薄明かりの中黒い双眸がこちらを見据えているのが分かる。
「お前……どうしてあんなことをしたんだ?」
―― あんなこと?
「俺に、何もしてないって……信じて欲しかったのか?」
―― あっ、そうだ、僕は……。
意識を失う前の自分を思い出し、恥ずかしくなった叶多は目を伏せコクリと唾を飲むけれど、渇き切った喉は少しも潤ってはくれなかった。
「……俺は、命を狙われた事もあるから、ヤッても誰とも一緒に寝ないし、基本的には口でもさせない」
「……え?」
「咬み千切られたら洒落にならないだろ」
「そんな……」
何故そんな話を須賀が始めたのかは分からないが、思ってもみない内容と、手首に舌を這わせながら淡々と話す表情が……見たこともないものだったから叶多は心底戸惑った。
「お前みたいな奴……初めてだ」
脈絡も無く独白のように呟く声。それと同時に手首を掴んでいた掌が、今度は鎖骨の辺りを這う。
「痛かったか?」
火傷の痕を確かめるように指を這わせて聞いてくるけど、どう答えればいいのか分からず唇をキュッと引き結んだ。
当たり前だ。痛かったに決まっているし、須賀自身から受ける仕打ちも痛く苦しくて堪らない。
失敗はしたけれど……逃げ出したい気持ちは変わらず心の中を占めているし、出来ることなら早く興味を無くして欲しいと願っていた。
「言いたくない……か」
僅かに陰りを見せた声音に叶多がビクリと身体を揺らすと、「別に怒ってる訳じゃない」と見透かしたように告げられる。
「まあいい。寝ろ」
「っ!」
ギュッと身体を抱き締められて叶多は息を詰めるけど、いつものような身体の震えは不思議と襲って来なかった。
―― どうして?
何度も須賀と繋がる内、身体の方が心を置いて彼に慣らされてしまったのか?
ともだちにシェアしよう!