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 ――分からない。 「小さいな」 「ぅっ」  肩甲骨の辺りを撫でられ思わず小さな声が上がるが、何度もそこを擦られるうち、強張りが徐々に溶けてゆく。 「おやすみ」 「……すみなさい」  返事をすると、一瞬須賀の呼吸が乱れた気がしたが、それより自分の心臓の音が聞こえていないか心配になる。  全く眠気は襲ってこないが、形だけでも眠ったように見せなければと瞼を閉じると、そこに軽くキスを落とされて心拍数が更に上がった。  ―― そういえば……。  彼が自分の話をしたのも、挨拶を交わすのも、初めてだと叶多は気づく。  心境の変化なのか、はたまたただの気紛れかなのかは想像もつかないけれど、今までの事を考えると……この先もっと酷い仕打ちが待っているんじゃないかと思えた。  ―― そうだ、絶対に。  少しでも気を緩めた瞬間、これよりも下は無いと思った更にその下に突き落とされる。  ―― だから……。  今自分の背中を撫でる須賀の掌の温もりに……気紛れ以外の意味など無いと叶多は必死に思い込む。  残酷に、叶多を駒だと言い放った非情な彼が、気紛れに……少しの飴をチラつかせた。それだけだ。  ―― 本当に、それだけ。  何度も心でそう繰り返し、叶多は息を浅くする。そうしなければ息が詰まって、呼吸ができなくなりそうだった。 「雨、強くなってきたな」  耳許で低く囁く声に、叶多が薄く瞳を開くと、今度は頭を軽く撫でられ首筋にキスを落とされる。 「んっ……ぅ」  擽ったさに吐息を漏らした叶多がそれでも耳を澄ますと、防音の窓の向こうから、微かな雨音が聞こえていた。  雨、大嫌いな雨。  大好きな父が死んだ日も、葬儀の日も、そして……叶多が初めて男に身体を開かれた夜も、外では雨が降っていた。  止む気配の無い激しい雨。  身体を包む温かな熱。  懸命に考えた末に答えはもう出た筈なのに……思いも因らない穏やかな時間(とき)が叶多の心を惑わせた。 【二章終わり】

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