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「……あそこには、戻れない」  意味はまるで分からなかったが、他でも無い瞬の言葉だったから……叶多は一瞬考えた後で素直な気持ちを口にした。  唯人は大切な存在だが、あの学校で起こった出来事を思い出せば、戻りたいなんて思えなかったし、現状叶多の後見人はこの学園の理事長だ。 「でも……」  ―― だけど、此処にも……居たくない。  そう言葉を紡ぎたかったが、どうしてもそれは出来なかった。  もし叶多がそう答え、彼が実現させようとすれば、その先に見える未来は決して明るくなんかない筈だから。 「そうか……分かった」  複雑そうな色を帯びた瞬の言葉に頷くと、彼の背後で伊東が小さく頷いているのが目に映る。 「射矢は俺がどうにかするから、瞬は彼を連れていけ」 「何を言ってるんです? 早く彼を安全な場所に……」 「お前が一番危険だろ?」  会話の糸が全く見えない叶多を蚊帳(かや)の外に置き、伊東と射矢が話しているが、今の叶多には黙って瞬に付いていくしか道はない。 「意味が分かりません。貴方達は……一体、彼をどうするつもりなんです?」  全く理解出来ないとでも言ったように、射矢が尋ねてくるけれど……それに応える事はしないで瞬は叶多の手を引いた。 「じゃあ、頼む。叶多、行くよ」 「待ちなさい!」  瞬に続いて走り出すと、珍しく……声を荒げた射矢の静止が背後から耳に響いてくる。  その声音が……嘘を吐いているようには聞こえず、思わず振り向きかけたけど、途端に手首を強く引かれてそうする事は叶わなかった。

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