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 ―― 僕は……帰ってきた。  自らの意志で唯人の差し出す掌を掴み戻って来た。だから、いままで通り彼の言う事を何より優先しなければならない。  ―― だけど……。  胸の一番深い所で、何かが(くすぶ)り続けていた。  それがなにかは分からないけれど、今の叶多は疲弊していて考えるだけの気力も無い。 「唯、僕……」 「ん? 何?」 「……明弘さ……あい…たくな……」 「父さん? ……大丈夫だよ、まだ叶多の事は話してない」  事情を知らないからだろう……穏やかにそう答えながらも、不思議そうな唯人の声音に不安が襲ってくるけれど、それ以上は意識が持たずに叶多は再度眠りに落ちた。   ***  次に目を覚ました時には、辺りには誰もいなかった。  どうやら寝ている間に外は夜になってしまったらしいが、天井に見える灯り採り用の窓から月が覗いている為、薄暗いけれど全く何も見えないという訳じゃない。 「……」  放とうと思った声は、喉が酷く乾いていた為、音にならずに空気に消えた。  とりあえず……ベッドから降りて何か飲み物を探し出し、トイレにも行こうと思った叶多がゆっくり体を起こして床に足を着こうとすると、金属が擦れるような音がしたからビクリとする。 「……っ」  目を凝らして足首を見遣ると、何故か足枷がついていて……そこから細い鎖のような物が何処かへ延びていた。  ―― これは、一体……。  驚きに目を丸くしながらも取り外そうと試みるけど、金属で出来たそれはしっかりと固定されていて叶わない。 「喉、乾いた?」 「ひっ!」  突然、全く気配が無かった筈の部屋に響いたその声に、叶多が慌てて振り仰ぐと……顔までは良く見えなかったが唯人がそこに立っていた。 「ごめん、驚かせちゃったみたいだね。今入ってきたんだけど……これ飲んで」  告げながら彼が手渡してきたボトルは口が開いていて、促されるまま口に含むとほのかに甘くて喉ごしがいい。 「ありがとう」 「落ち着いた?」  聞き慣れた耳に心地よい声に叶多が小さく頷き返すと、唯人はそのまま隣に座って肩に腕を回してきた。 「どうして繋がれてるのかって、思ってるだろ」 「……うん」 「これは、保険」 「……保険?」 「そう。万が一にも叶多が外に出たりしないように」  肩を強く引き寄せながら、耳元で低く囁いてきた唯人がいつもと違う気がして、悪寒が背筋を通ったようにビクリと身体が震えてしまう。

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