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「あと、叶多が素直になれるように」
「えっ……あっ」
意味の分からぬ唯人の言葉に、何と答えれば良いのか分からず声を詰まらせたその途端……スッと動いた彼の左手が、叶多の着ている襦袢の袷に差しこまれ、驚いた叶多が思わずその手を払って身体を離すと、喉でクスリと笑った唯人がいきなり手首を捻りあげた。
「いっ……たぃっ」
「叶多、ダメだよ……折角の飲み物こぼしちゃ」
「あっ……なっ」
拍子に床へと落ちてしまったボトルを見ながらそう告げて来るが、痛みが勝ってそれに答える余裕が今の叶多にはない。
「何でこんな事するのかって思ってる?」
問い掛ける声に怒気は無く、いつもと同じく穏やかなのに、その声音からは想像出来ない彼の行動に戸惑った。
「唯……痛い」
弱々しくそう叶多が告げれば少し力は弱まるけれど、拘束自体は解かれない。そればかりか……空いている手で叶多の背中を抱き込むと、そのまま覆い被さるようにベッドの上へと押し倒してきた。
「これでも俺、怒ってるんだよ」
静かな部屋に凛と響く冷たい色を帯びた声。
唯人が怒っている所など、目にした記憶は一度も無いから、心拍数が一気に上がり、その理由も分からないから叶多は消え入りそうな声で、「なんで?」と彼に問い掛けた。
「俺なんかに言う必要……無いって思った? 叶多が突然いなくなって、俺がどれだけ心配したか分かる?」
「あ――」
失念していた訳ではないが、自分なんかがそこまで彼に心配される存在だとは全く思ってなかった。
それに、様々な事が重なる中で、唯人とは二度と会えないと――― それが唯人の為であると、勝手に思い込んでいた。
「ごめん、唯……」
転校してから連絡手段を無くしてしまったせいもあるが、あったところで自ら連絡するなんて事はしなかっただろう。
だから……言い分け出来ない立場の叶多は、素直に彼へと謝罪した。
「叶多は馬鹿だな……無理矢理連れて行かれたって、言い訳すればいいのに」
「……え?」
告げながら、身体の上へと馬乗りになった唯人が襦袢の袷を開き、露わになった胸元へと、掌をそっと乗せてくる。
「……唯?」
そして……戸惑う叶多の声を無視して、そのまま左の肩口の方へそれをスッとスライドさせた。
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