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「唯っ、やめっ……」 「どうして?」  制止を求める叶多の声は、問いかけによって掻き消され……先日彼に焼き付けられた桔梗の印へと指が這う。 「どうしてって……あっ!」  こんなのはおかしいという言葉が喉まで出掛けたけれど、突如襲った脱力感と軽い目眩に声が途切れた。 「叶多、どうかした?」 「っ……ゆい…からだ……うごか……」  表面上は心配そうに紡がれる少し低めの声から、感情がまるで読み取れない。  肌に触れてくる彼の掌の感触だけは鮮明なのに、どういう訳か身体が徐々に自分のいうことを聞かなくなった。 「ああ、分かってくれたんだね」  身体の異変を必死に彼へと伝えようとするけれど――唯人には聞こえなかったらしく、僅かながらの抵抗を止めた理由は勝手に書き換えられる。 「悠哉は優しくシてくれた?」 「うっ…くぅっ」 「相当気に入られてたって、智也から聞いてる」  柔らかい声でそう告げながら、叶多の頬を両手で挟んだ唯人が顔を近づけてきた。  月の光を背に受けていて、どんな表情をしているのかはあまり良く見えないけれど、どちらにしても動けないから、為されるがままになるしかない。  ―― どうして……。  こんな事になっているのか?  そして何故……唯人は須賀と佐野のことを、名前で呼んでいるのだろう?  分からない事だらけの叶多は、それを唯人に訪ねたくて唇を薄く開いたけれど、呂律も上手く回らないから、ただ呻くしか出来なかった。 「でも、叶多は約束したよね。ずっと一緒にいるって。破ったりしないだろう?」  甘い声音でそう囁いた口端が、愉しそうに上がっていく。

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