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 数日前、叶多の教科書に智也が残したメモ書きは、すぐに見張りが見つけ出して、その日のうちに報告された。  それからほどなく御園本人が、連絡先など教えてないのに、直接悠哉個人の携帯へコンタクトを取ってきて。 『もうメモは見つけたろう?そろそろ返してくれない?』  見知らぬ番号からの着信に何となく予測はついたが、無視も出来ずに通話を押せば、聞きたくもない相手の声が開口一番そう告げてきた。  しかも……智也と引き替えという事にすれば、父親にも顔が立つとまで提案され、憤りを隠す事もせず悠哉は即座に断わった。 『じゃあこうしよう。叶多がメモの事を、悠哉に自分で言ったら、俺は他の方法を考える。その代わり、言わなかったら俺の提案に乗れ』  子供の頃から変わらない、他人の言葉を聞こうともしない自分勝手で傲慢な彼を、叶多は知っているのだろうか?  ―― 多分、知らないだろうな。  悠哉自身、気質は御園と大差ないと自覚しているが、兄の智也に言わせれば……悠哉の方が感情的になりやすく、狡猾さに欠けるらしい。 「お前さ、唯人にアイツの父親と小泉君を会わせるなって言ったんだって?」 「それがどうした」  唐突に違う話を始めた智也を見遣ってそう答えれば、 「怖い顔すんなよ」 と、おどけたように言ってくるから、悠哉は無視を決め込んで……窓の外へと視線を向けた。 「唯人は約束した。だから返した。小泉君の意志だから……っていうところか。そんな口約束、唯人がホントに守ると思う?」 「……」 「逃げてるのは誰だろう……ね」 「黙れ」  内通していた智也がどうしてそんな風に言うのか分からず、カッとなった悠哉は思わず彼の胸倉に掴み掛かるが、挑発に乗れば相手の思うツボだと瞬時に思い直して、すぐに手を離し再度窓の外の景色へと意識を逸らす。  大体、智也は悠哉の失墜を望み、隙あらば……後継者である自分の足元を掬おうとばかりしているのだから、信用には値しないし、本音を言うとも思えなかった。 「期日は八月末……あと、一ヶ月ちょっとある」  話しかけるでも無い口調で、淡々と智也が呟く。  だからどうしろと言うのだと……彼を問い詰め聞きたくなるが、今は自分のした決断が間違えだとは思いたくなくて、悠哉は拳を握りしめると言葉をコクリと飲み込んだ。

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