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 *** 「会長、ちょっといい?」  それは―― 帰省したものと思っていた、伊東の来訪から始まった。  夏休みに入って十日。学園に残っているのは部活のある生徒くらいの物だと佑哉は思っていた。  生徒会の仕事は概ね一学期中に済ませてあるから、彼が来た理由が分からず悠哉は多少驚いたけど、それを顔には表さない。 「なんだ?」  部屋のドアを開け迎え入れると、いつも一緒に行動している筈の瞬がどういう訳か彼の隣にいなかった。 「瞬は帰省中だけど、明日帰ってくる。その前にちょっと話しをしたい」 『アイツはすぐ感情的になるから』と、困ったように微笑む顔は、常に冷静な伊東にしては珍しい表情だ。 「前置きは必要無いよな。御園に小泉君を返したって聞いて、瞬がえらい怒ってた。そんなに彼が嫌いだった? 戻った彼がどんな目に遭ってるか知ってる?」 「……それは、どういう意味だ」 「やっぱり知らないか……らしくないね」 「なにが言いたい」  全てを見透かすような瞳に苛立ちに似た感情が湧くが、悠哉はそれを押し殺し―― 伊東に話の続きを促す。 「分かってるだろ? それとも俺に言って欲しい? 何故賭を途中で放り出して、その後の彼の様子も調べさせないのか……知ろうと思えば幾らでも手段はあるのに、どうしてそれをしないのか。彼は瞬に戻りたくないと言った。ここに居たくないとも……貴方はその理由を知ってる」  真っ直ぐに自分を見据える揺るぎない伊東の視線は、今まで一度も見たことの無い強い意志を纏っていた。 「射矢が最初に作った報告書、小泉叶多は体を使って御園に取り入った……だっけ? それがそもそもの間違いだった。ただ、状況から彼がそう判断したのは仕方のないミスだったと俺は思ってる。それに、責任はそれを鵜呑みにした俺にも、会長――貴方にもある。射矢は真面目な奴だから、表面には出さないけど、それをかなり悔やんでる」  そう告げながら、伊東は悠哉へUSBメモリーを差し出す。 「これは射矢から。どんな手を使ったのかは知らないけど、役に立ったら誉めてやって」  思わず手を出しそれを受け取ると、「見ろよ」と念を押すように言い残し、伊東は部屋から出て行った。 「……分かってる」  暫しの間立ち尽くし……掌をジッと眺めていた悠哉だったが、何かを決意したかのように小さくそう呟くと、自室へと移動してパソコンを立ち上げる。  ここ数日、常に纏ってた鬱屈とした表情は――USBを差し込んだ時には既に陰を潜めていた。 【第三章 終わり】

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