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 *** 「心因性の失声症だと思う」  そう診断を下した一希に、やはり……と、悠哉は思う。  先刻……叶多の口を塞ぎながらも脚でテーブルを蹴り倒すと、すぐに一希が異変に気付いて中へと入って来てくれた。  最初は勘違いした彼によって、引き剥がされそうになったけれど、すぐに状況を理解したのは流石といった所だろう。 「声が出ないことに焦って、過呼吸を引き起こす事もまれにあるから、これからも気をつけないといけない」 「治るのか?」 「大抵は一週間から十日くらいで戻るけど、場合によっては長くかかる事もある。心の問題が大きいから、期間については分からないとしか言えない」  意識を失い蒼白になった叶多の頬を撫でながら、悠哉は一希の放った言葉に深い溜息を吐き出した。  心因性というのならば、間違いなく自分が付けた心の傷の占める割合はかなり大きいと言えるだろう。 「俺が姿を見せなければ、少しは早く良くなると思うか?」  そう尋ねながらも、聞くまでも無く答えは分かってしまっている。  だから……自嘲的な笑みを浮かべて悠哉は立ち上がろうとするが、一希が答えるよりも早く、うっすら瞼を開いた叶多が小さく首を横に振った。 「……」 「うーん、どうだろうね。少なくとも叶多君は、違うって言いたいみたいだけど」 「どうして?」  一希の言葉に思わず発した疑問の声に、叶多の体がビクリと震える。 「ダメだよ。彼に返事を強要するようなことを言っちゃ」 「あ……済まない」  彼の言葉に含まれている『叶多は話をしたくても、声を出すことが出来ないのだから』という意味をすぐに悟った悠哉が、素直に謝罪を口に乗せると、驚いたような顔をした後、一希はニコリと微笑んだ。 「ちょっと悠哉は外に出てくれるかい?」  そう告げてくる一希の声音は穏やかそうに聞こえるけれど、有無を言わせぬ雰囲気がある。  一希の弱みを握っていると今まで悠哉は思っていたが、全く意味が無いんじゃないかと思えるほどに、彼の瞳には迷いがなかった。

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