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「……分かった」
一瞬の逡巡のあとで悠哉がそう答えると、いつの間にかシャツの袖口を握っていた叶多の指がゆっくりそこから離れていく。
―― これは……なんだ?
その時……軽くなった手首を見ながら、悠哉は自分の心の中を、自分自身でも説明しようのない感情が占めている事に気付いてひどく狼狽した。
***
「悠哉が怖い?」
そう尋ねてくる優しい声音に素直にコクリと頷くと、一希は少し困ったような表情をして、少し考えるそぶりを見せた。
叶多自身、どうして自分が首を横へと振ったのか、なぜ悠哉の袖口をふいに掴んだのかが分からない。
だから、一希にだってそんな自分の心中を理解できる筈がない。
そんな自分の不甲斐なさを申し訳無いと思った叶多は、彼と視線が合った所で『ごめんなさい』の形に唇を動かした。
「うん、それでいい。無理に喋ろうとすると、また過呼吸になっちゃうかもしれないからね。言いたいことがあったら、そうやって口を動かすか、後でノーパソ持って来るからそれでやりとりすればいい。だけど、叶多君は謝らなくてもいいんだよ」
真摯に紡がれる彼の言葉に、僅かに鼓動が速くなる。
臆病な思考はまだ「信じるな」と小さな声で叶多に囁きかけるけど、頭ではなく心が彼を信用したいと告げていた。
「今はとにかく休養が必要だ。本当は、少なくとも治るまでの間は悠哉と会わせないで、他の仲の良かった友達を呼ぼうと思ってたんだけど、叶多君は……まだ友達とは会いたくないかな?」
「……」
友達という存在は、叶多にとって瞬しかいない。
瞬にこんな自分の姿は正直言って見られたくない。
―― これ以上、心配かけたくない。
「うん、分かった」
表情に出ていたのだろう。そんな気持ちを読み取ったように一希は短く返事をすると、ふいに窓の外を見やって叶多にも見るよう促した。
「空は青い?」
どんな意図かは分からなかったが、叶多が小さく頷き返すと、「そうだね、青いね」と答える声が聞こえてきたから、安堵に小さく息を吐く。
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