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「夏休みが終わったら……」  一通り食べ終え礼を告げると、悠哉が話しはじめるが、そこまで言ったところで言葉は立ち消えになり、叶多が僅かに首を傾げると「なんでもない」と、優しく頭を撫でられる。  そして。 「……巻き込んで、酷いことして……ごめん」  唐突に、絞り出すようにそう悠哉から告げられて、思いもよらない謝罪の言葉に叶多は瞳を見開いた。 「………」  どう答えればいいのか分からず、悠哉の顔を見つめると、真剣な眼差しと正面から視線が絡んだ。 「(ゆる)して貰えるとは思ってない。でも……」 償えるものなら……と、続いた言葉はほとんど耳には入ってこない。  ―― 僕は……。 「こんなこと言っても自己満足にしかならないって思う。けど、言いたかった。顔も見たくないだろうけど、元気になるまでもう少し、側に居させて欲しい」  在るのは犯した罪だけで、理由になんか意味はない。だから悠哉はそれだけしか口には出さずに席を立った。  だけど、そんな悠哉の気持ちを知らない叶多の心は揺れ動き、心臓の音が早鐘のように体中へと鳴り響く。 「じゃあ、そろそろ行かなきゃだから」  混乱のあまり青ざめている叶多にポツリとそう伝えると、自嘲的な笑みを浮かべて悠哉が椅子から立ち上がった。  ―― あ、行っちゃう。 「なんだ?」  焦った叶多は腕を伸ばして彼の手首を掴むけれど、紡ぐ言葉が見つからないから、『いってらっしゃい』の形に口を動かして、指の先から力を抜く。 「ああ」  それに短く返事をしてから部屋を出ていく悠哉を見送り、叶多は小さく息を吐き出して胸の辺りを掌で押さえた。  ―― 苦しい。  恨んでいるかと聞かれれば、実の所は分からない。勿論、酷い仕打ちを彼から受けたし、思い起こせば今でも震える。  だけど、嵐のような毎日の中で、叶多自身……心を閉じてしまっていたから、当たり前に抱く怒りですら常にどこか遠くにあった。  叶多も普通の人間だから、突発的な感情の吐露は何度かあったと記憶しているが、なるべく心を押し殺し、時が経つのを待っていたから、内にばかり気持ちが向かい周りが見えていなかった。

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