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『いいかい、叶多。気持ちは言葉にしないと、相手にとっては思っていないのと同じになる。だから……』
そんな言葉を掛けられたのは、いつの事だっただろうか? 度重なる虐めのせいで、口数が減ってしまったことに、あまり会わない父だったけれど、何かを悟っていたのかもしれない。
―― 僕は、もっと……いろんな事を、ちゃんと、考えないといけない。
「少し、歩けるかい?」
考えを遮るように一希から掛かったその声に、顔を上げながら視線を向けると、いつも通りの優しい笑顔が自分を真っ直ぐ見つめていた。
「警備はちゃんとしてるけど、外に出るのは危険だからね」
だから、屋敷の中しか歩けないとすまなそうに言われたが、それだけでも十分広い空間だと叶多は思う。
「叶多君、きっと君は……」
二階にある部屋を後にして一階へと降りた後、書庫だと言われて連れて行かれた部屋の広さに驚いていると、いつもと違う憂いを帯びた声で一希が呟いた。
「……っ?」
続きを聞こうと顔を見遣ると、何があったのか一瞬にして一希の顔色がガラリと変わる。
「……話は後だ。こっちに来て」
どうかしたのかと尋ねる間もなく、小さく舌を打った一希が、叶多の身体を支えるように腰を掴んで部屋の奥へと歩き出した。
―― どう……したの?
何が何だか分からないけれど、覚束ない足取りながらもそれに従い足を進めると、一番奥の書棚の所で彼は立ち止まり、一冊の本を前へとずらす。
「システムトラブルみたいだ。悪いけど、ちょっと中で待ってて」
すると突然、目前の本棚がスライドして、奥に階段が現れた。
「っ!」
驚きに固まっていると、彼は耳元でそう告げてから叶多の背中を強く押す。
そして、中の電気を手早く付けてから「静かにね」と、低く告げると、緊迫した面持ちのまま入り口を静かに閉めた。
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