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「類が気になる?」 「……っ!」  耳元で囁く声と同時に腕の中へと閉じこめられ、押し返す隙も与えられずに、胸元へ強く引き寄せられた。 「叶多のせいだよ」  ―― 何……が?  自分のせいだと言うのだろうか? 「類は俺の犬なのに叶多のせいで裏切った。だから、相応の罰を受けるのが妥当だろう? まあ、そんな話はいいや。そろそろ智也も限界だろうから、叶多、行くよ」 「っ!」  ―― や、やだっ、行きたく……ない! 「無駄だから……暴れないで」  必死の抵抗を愉しむように喉の奥で笑った唯人は、叶多の体を物のようにヒョイと肩へと担ぎ上げる。 「随分(ずいぶん)反抗的になっちゃったから、また一からやり直さないと」  尚も身体を捩っていると臀部をバシリと平手で打たれ、「大丈夫、怒ってないよ」と優しげな声が鼓膜を揺らした。 「叶多が流されやすいのは分かってる。でも、あんまり反抗すると、ちょっと痛い目見るかもね」  打たれた場所を優しく撫でられ背筋がゾワリと冷くなる。  以前であれば彼が暴力を振るうなんて思わなかったが、叶多は既に唯人の内の残虐な部分を知っていた。  ―― 駄目……だ。  それに、幼い頃から植付けられた服従心も消せやしない。どう抗っても唯人の声には抗い切れない自分がいた。 「そう、いい子だ」  圧倒的な力の差に、諦めに似た感情を抱き体の力を僅かに抜くと、満足そうに唯人は呟きそのままゆっくり歩き出す。 「類、行くよ」 「……も、だめ…です。止め…くだ……」  丁度唯人が声を掛けた時、ベッドの脇を通り過ぎたから、切なげに呻く射矢の顔を叶多は間近で見てしまった。少し開いた襟元から僅かにのぞく鬱血痕も。 「根性無いなぁ……じゃあ、置いていく。お前より優秀な人間だって、ちょっと探せばいるだろうから」  ―― 今……何て? 「唯人……様」 「一度裏切った人間を、俺が簡単に信用すると思う? 智也がいるから言うこと聞いてんのバレバレ。それに、これくらいで弱音吐くなら、どの道お前に使い道はない」 「じゃあな」と冷たく放たれた声に射矢がガクリと項垂(うなだ)れる。  叶多はといえば、瞳に映った類から滲み出す艶と、彼を簡単に切り捨てられる唯人の言葉の非情さに……驚きと、眩暈がするほどの憤りを覚えていた。

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