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廊下に出ても空調がきいて暑いということはないが、窓の外へと視線を移すと、太陽の強い光に木々の緑が眩しく揺れている。
―― 信じるのが大前提……か。
先日初めて射矢が涙を流すところを悠哉は見た。
これまで……よく出来た機械のように、言われた仕事を黙々とこなす彼しか知らずにいたけれど、いつのまにか智也に懐いていた事に実は気づいていた。
だけど、個人的な付き合いにまで口を出す必要も無いから、悠哉はそのまま放置していた。
『小泉君は、最後まで抵抗してました。私は、助けられたかもしれないのに……出来なかった』
必死といった様子で話す射矢の言葉に、嘘は無いように思われた。
叶多自身が御園に抵抗したというのなら、悠哉に迷う材料はない。
「だから……」
この一件が表沙汰になれば、須賀も御園も好奇の目に晒されるだろうが、そんな事はどうでもいい。
きっと父親も同じ考えを持つだろう。
だが、叶多は違う。公的機関に頼った結果、裁判という事になれば、思い出したくもない事柄を話さなくてはならなくなる。
「……ゲームで、終わらせる」
幸い……射矢のおかげで公的機関に頼るよりも、遙かに早く位置が掴めた。
――どうか、無事で……。
そんな言葉が頭に浮かび、祈るなんて柄でもないと悠哉は苦笑するけれど……何度か叶多が不意に掴んだ手首の辺りへ視線を落とし、それだけで速くなった鼓動にもう認めるしかなくなってしまう。
「ホント、馬鹿だ」
掌を握り呟いた声は、自分で思っていたより大きく静かな廊下に木霊した。
【第四章 終わり】
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