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ここは、寮の悠哉の部屋だったから、確かに良い思い出はないが、そんなことはもう叶多の中ではそれほど大きな問題ではない。
そんな風に思える時が来るとは思っていなかったから、自分の変化に驚くけれど、それは決して叶多にとって嫌な部類の感情じゃなかった。
「今、一希さん呼んでくるから、あと……」
そこまで話したところで一旦言葉を止めてしまった悠哉を、不思議に思った叶多が思わず小首を傾げて見詰めると、戸惑うように視線を逸らして「なんでもない」と放った彼は、クルリと背中をこちらに向けて足早に部屋を出ていってしまう。
「あっ……」
そんな、彼らしくない行動に、内心かなり戸惑ったけれど、それより自分の心を満たした寂しいような気持ちの方に、違和感を強く感じてしまい、それから一希が来るまでの間、収まり切らない胸の鼓動を沈めようと努力したけど、結局徒労に終わってしまった。
それからの数日は、睡眠時間が長かったせいか、あっという間に過ぎ去った。
目が覚めると、大抵一希か瞬がいて、申し訳ないと思えるくらいに叶多の世話を焼いてくれる。
「なんか……ミイラみたい」
「俺も、実は最初見たときそう思った」
思わず零れた叶多の言葉に瞬が唇を綻ばせた。
今日は瞬が側にいて、軽い食事をすませたあとで、包帯を換えてくれている。こうして会話ができるくらいに、ここ数日で叶多の心は大分安定してきていた。
「痛くない?」
「うん……だいぶいいよ。いつもありがとう」
相変わらず声は掠れて、まだ不安定な響きだけれど、出せるようになった事が叶多にとっては大きな進歩だ。
今は、手の届かない場所だけに薬を塗って貰っているのだが、申し訳ないと叶多が告げると、「そんな事は気にしなくていい」と、たしなめるように瞬に言われて、言いようのない暖かな物にまた心が満たされた。
「包帯、上手だね」
笑みを浮かべてそう伝えると、照れたようにはにかんだ瞬が、手際良く手を動かしながら、
「一応、応急処置くらいはね」
と、短く答える。
こんな、何気ないやりとりだけでも胸の中が一杯になるけど、今の叶多には一つだけ……気になっている事があった。
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