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 *** 「もういいのか?」 「はい……お腹、一杯です」  この前雅志と話した時には、会えば普通に話が出来るような気持ちになっていたが、いざ本人を目の前にすると、声は掠れて上擦ってしまい、頬の辺りが熱を帯びる。 「お前、ホントに小食だな」 「す、すみません」  溜息混じりの悠哉の言葉に思わず謝罪が口を突くけれど、「別に怒ってる訳じゃない」と、感情の読めない声音で返され叶多はそのまま口を噤んだ。  怯えている訳ではなく、どうすればいいか分からない。  悠哉が再び現れたのは、叶多が雅志と話をしてから二日程経ってからだった。それから三日が経過しているが、大抵朝の早い時間に朝食を持って部屋へと来て、ダイニングテーブルへと並べた食事を一緒に食べる。 「もうすぐ久世が来るな」  時計をチラリと見遣った悠哉が、立ち上がりながら告げてきた。 「あ、あの……僕が、やります」  ここまでの三日間、食器などの後片付けは悠哉がしていたけれど……勇気を出して声を掛けると、ピタリと手を止めた彼が驚いたようにこちらを見る。 「いいよ。まだ辛いだろ?」 「いえ、もうそんなに辛くないです。それに、ちょっとは動かないと、学校に……行けるようにならないから」 「……分かった。手伝う」  必死に言葉を紡ぐ様子をジッと見ていた悠哉だが、考えるような素振りをしたあと、背後に回って立ち易いように椅子を引きながらそう答えた。  こんな些細なやり取りだけど、ぎくしゃくとした関係ながら、徐々に慣れてきたような気がする。 「あの……」 「ん?」 「僕、本当に、前からあんまり食べられなくて、瞬にもいつも食べろって言われてて、だから……」 「ああ、気にするな。分かってる」  皿をシンクへと運んだところで、思い切って叶多が告げると、横に並んだ悠哉は頷き「……だけど、もう少し食べた方がいいな」と、小さな声で付け加えた。  悠哉のせいで食べられないと思われたくはなかったから、彼に汲み取って貰えたことで、叶多は安堵の息を漏らす。 「手際が良いな」  叶多が洗った皿を受け取りラックの中へと並べながら、感心したような声で言われて顔に熱が集中した。

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