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「何が……ですか?」 「何でもない。こっちの話だ」  不思議に思って尋ね返すが、こちらも上手くかわされる。  首を僅かに傾けながら、「……そうですか」と、叶多が言うと、悠哉は喉でクスリと笑ってそれからタオルを差し出してきた。 「手、出せ」 「あ、はい」  当然のように命じる声に、食器を丁度洗い終えていた叶多が腕を差し出すと、濡れた掌を包むように丁寧に水を拭われる。 「思わせぶりな言い方してごめん。気になるよな」 「え?」 「口がヘの字になってた」 「そんなこと……」  無いとはとても言えないから、叶多は言葉を詰まらせた。 「久世からの電話の後、少し表情が曇ったから、それで分かりやすいって言ったんだ」 「戻ろう」と(いざな)われるまま、リビングのソファーへ座った叶多の対面(といめん)に腰を下ろすと、悠哉は口角を僅かに上げて大きな窓の外を見る。  つられて外へと視線を向けると、晴れてはいるが風が強いのか木々が大きく揺れていた。 「台風が近付いてるから今日は一日俺がいる。嫌か?」 「いえ、そんな事は……でも、学校は?」 「土曜だから休みだ。久世は来れないようだし、一希さんとも連絡取れないって言ってたんだろ? だったら、一希さんが来るまで居るよ。雨、嫌いなんだろ」 「……それは」  確かに雨は嫌いだが、一人で居られない程じゃない。そう告げるべきかどうかを考え、叶多が言葉をそこで止めると、「嫌か?」と再度問う声がして慌てて首を横へと振った。 「嫌じゃない……です」  絞り出すように紡いだ言葉は、半分以上は本心だけど、彼への恐怖心の全てが消えて無くなった訳ではない。だけど、安堵したように息を漏らし、「そうか」と低く呟く声に、叶多の心は切ないような不思議な想いに包まれた。  *** 「良かったの?」 「しょうがないだろ」  通話を終えた瞬の耳元に、圭吾が甘く囁いてくる。  拗ねたように答えた瞬は、こうなった元凶といえる彼を肩越しに軽く睨むが、自分も望んでした事だから、文句を言える立場ではなかった。 「絶対……わざとだ」 「そんな事ないよ。瞬が可愛すぎるから、つい……ね」 「んぅっ」  背後から自分を包む両腕にギュッと力が込められ、耳朶に甘く歯を立てられれば、鼻に掛かった吐息が漏れる。

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