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「痛いところは無いか?」 「は、はい。大丈夫です」 「そうか」  至近距離にある彼の顔から目を逸らさぬようそう答えると、ホッとしたように息を吐き出した彼の掌が肩を掴み、叶多が意図を理解する前に身体が伏せに返された。 「な、何を」 「動くな」 「やっ!」  素肌に触れた悠哉の指に、左腕しか通してなかったシャツが落ちた時にはだけたのだと、ようやく叶多は気付いたけれど、隠そうにももう遅い。 「文句は後でいくらでも聞く。お前が嫌なら部屋にも来ない、だから……」 「ごめ……なさい」 『会いたい』と悠哉の父に、無理を承知で頼んだのは叶多の方だったのに……ここまで気を使わせたことに申し訳なさが込み上げた。 「目を閉じて耳塞いでろ」  叶多の身体を跨ぐように膝立ちになった悠哉の声が、頭の上から響くけれども、叶多は小さく首を横に振りシーツをギュッと握り締める。 「……いじょうぶ。このままで、大丈夫……です。ありがとう」  拒絶では無いと伝えるために、叶多が懸命に言葉を紡ぐと、息を飲むような気配がした後、「触るぞ」と囁いた彼が、軟膏の付いた指先をそっと背中の傷へと滑らせた。 「くぅっ」 「悪い、痛かったか?」  薄紅に肌を染め、僅かに呻いた叶多を気遣うように手を止めた彼が尋ねる。そうじゃないからまた首を振ると、安堵したように息を吐き出した悠哉が肩胛骨の辺りへと丁寧に指を動かした。 「……んぅ」  ―― おかしい、いつもと……違う。  瞬に塗られている時と、明らかに違う反応を示す自分の身体に戸惑いながら、漏れ出しそうになった吐息を何とか堪え、無意識の内に身体を捩って叶多が前へと逃れた途端、触れていた指がピタリと止まり一旦肌から離れてしまう。 「すぐ終わりにするから、もう少し我慢してくれ」  ―― ああ、また。  勘違いさせてしまったのだと、無性に悲しい気持ちになった。  ―― ちがう、僕は、僕が嫌なのは……。  彼に触れられる事じゃない。  それは……もっと違う場所から溢れた本能的な感情だった。  この、これまで経験したことのない、息詰まるような苦しさと……胸の奥がツキリと痛みを覚えるような切なさを、言葉にして説明するのは今の叶多には難しいけれど。  ――でも、伝え…なきゃ。  このままでは、同じ事の繰り返しになってしまう。

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