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 頭の中はグチャグチャで、上手く思考も纏まらないが、それでも何も声に出さずに時計の針が進むのを待っているだけでは……彼の誤解も解けやしないし、自分もずっとこのままだ。  ―― だから……。 「……たないから」  絞り出すように発した声は、過度の緊張で酷く掠れて殆ど音にはなっていなかった。 「今、なんて言った?」 「き、汚い……から、見られたく…なかった」  そう声に出したところで初めて、心の奥深くにあった感情がきちんと形になる。  これまで散々悠哉に痴態を晒してきた筈なのに、一度救い出されたあとから、彼に対する叶多の気持ちは知らぬ間に少しずつ、だけど確実に……以前とは変化してきていて、その感情にどう名前を付ければいいのか分からないものの、醜い傷が付いた身体を彼に見せるのが嫌だった。  ―― だから、僕は……。 「それは、本心か?」  背中の上から響く低音に、シーツを掴む指先に力を込めた叶多はコクリと頷く。本音をさらけ出した羞恥に、身体が更に赤味を増した。 「……馬鹿だな」 「ごめ……」 「違う、そうじゃない。怒ってるわけじゃない」 「……あっ」  声が近付いて来たと同時に、首筋に何かがピトリと触れて、それが何かを確める間もなく耳元で低い声が囁く。 「お前は……汚れてなんか無い。初めて会った時から、ずっと……綺麗なままだ」 「なっ……」  思いも因らない悠哉の言葉に、声を詰まらせて目を見開くと、シーツを握る叶多の掌が彼の掌に包まれた。  急に激しく降りだした雨が強風と共に窓を叩き、まだ昼前だというのに部屋は夕刻のように薄暗くなる。 「僕は……綺麗なんかじゃ、ない」  (しば)しの後、ようやく音に出来た言葉は、その感情の昂りを示すように小さく震えていた。  体中に刻み込まれた醜い火傷や裂傷を……彼は幾度も目にしているのに、どうしてそんな見え透いた嘘を口にするのか分からない。

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