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「……ありがとう」
解放された腕を持ち上げ、悠哉の背中を掴んだ叶多は、感謝の言葉を伝えるだけで胸が一杯になってしまう。
なにせ、これまで叶多は甘えることを極力しないで生きてきたから、甘えるという選択肢が頭に浮かばなかったのだ。
悠哉にしても似たようなもので、甘やかしたいと思っていても、弱音を吐こうとしない叶多から無理矢理悩みを聞き出すことが、正解なのかが分からずに――。
「またうなされても、ちゃんと起こしてやるから……少しでも寝ておけ」
「うん、悠哉君も……ちゃんと寝て」
「分かってる」
耳元へ低く囁いてから、トントンと背中を叩いていると、不規則だった叶多の呼吸は規則的になっていき、強ばっていたその体からは徐々に力が抜け落ちた。
***
「もしかして、須賀に寝かせて貰えてない?」
「え?」
学校での昼休み、いつものように食事をしていると、そんな質問が飛んできたから叶多は思わず動きを止めた。
「あーあ、固まっちゃったじゃん。真っ昼間から何言ってんの? 久世くんって意外とエッチだよね」
「そ、そんなんじゃなくて、俺は真剣に……」
掛け合いみたいな二人の会話に笑いたくなってしまうけど……自分を心配してくれている瞬に悪いから我慢する。
「で、どうなの? 寝かせて貰えないからそんなクマ顔になってるの?」
瞬に軽口を叩いておいて、心配そうに尋ねてくるのは、前の生徒会長であり、悠哉の異母兄の佐野智也だ。
夏休みが終わって以降、昼休みを共にするのは、気付いてみれば、どういうわけかこの二人になっていた。
瞬については友人だから、そんなにおかしな話じゃないが、佐野に関してはいまだに理由が分からない。だが、笑顔で「入れて」とやってくる彼を瞬も拒みはしなかったから、なんとなく流れのまま今日に至るという感じだ。
悠哉と瞬の恋人である伊東圭吾は、昼休みに生徒会の仕事などをしているようで、時間があればたまに来るけれど、一緒になる日はほとんどない。
「いや、寝かせて貰えないって訳じゃないよ。ただ、最近寝つきがよくなくて……」
「ホント? 悠哉が怖くて言えないなら、俺から言ってあげようか?」
含みのある柔和な笑みを浮かべている智也に向かい、
「ちがう、ホントにそんなことじゃないから」
と、叶多が慌てて言い訳をすると、隣でこちらを見ていた瞬が突然プッと吹き出した。
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