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一瞬考えたのが伝わったのか、先生の眉毛が少し動いた。 「……入学式の日に言ったことだが」 「はい」 「不十分かもしれんな」 マスクをしていることに関して、絡まれやすくなるから注意するんだぞ、という感じのことを言われたのはちゃんと覚えている。油断したつもりもないのにその結果がこれなので面目が無い。 「せっかく注意してくださったのにすみません」 「堰は変わった奴だな。どうして謝る」 見た目抜きで変わってる、は初めて言われたかもしれない。でも今のどこにそんな要素があったろうか。 「……言葉を活かせず?」 「疑問形じゃねえか」 ぶは、と先生が噴き出して笑った。よく笑う先生だけれど、いつも抑えたような感じに見えるから珍しいなと見ていたらばしばしと二の腕の辺りを叩かれた。 「よしよし、分かった、先生が特別に指導してやろう」 「……はい?」 二の腕を叩いた手がうなじへ移動して引っ張られ、先生の胸板にぶつかる。眼鏡を避けて顎をぶつけた。上がった目線の先、短い髭の更に向こうで、見下ろす先生。うなじの手が今度は今ぶつけた顎に回ってくる。 「ほらどうするんだ?」 どうすると言われても……本気でないのが分かるのでどうもしなくて良い気もするけれど、納得してもらえないだろうからマスクを上げてみた。 「マスク信頼し過ぎだろ」 マスク越しに唇に押し当てられる指が、折り目をなぞって上部にかかる。 「先生」 「そんな顔するな。逆効果だぞ」 そんな顔ってどんな顔なのか。マスクは下げられ、鼻を摘まれた。俺の対応はダメだったらしく、先生は少し頭をひねった。 「自分でなんとかしようとせず周りを頼ることだな」

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