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 出て良いとは言ってくれたものの、健助は俺を抱き込んだままだった。このまま通話したら会話は聞こえるだろう。黙っていたことはさっきもう話したから、聞かれて困ることはないはずだけど。 「出ないのか?」 「あ、うん」  促されて通話ボタンをタップする。10コール以上待たせてしまった。このタイミングで、これだけ待っても切れなかった電話の相手が蕗口だということに、もっと違和感を持つべきだった。 「お待たせ」 「今どこに居る?」  焦ったような声に申し訳なくなるのもつかの間、現在地を答える前に被せるように蕗口は言った。 「今日は中止。寮の部屋から出ないで。信頼できる人と居て」 「何かあった?」  聞こえてくる息づかいが荒い。床を蹴る音、服が擦れる音がする。走っている? 「俺が前に気になることがあるって言ったの覚えてる?」 「うん」 「あれの正体が分かったかも…………」 「蕗口?」  ぶつかるような音がして、彼は無言になった。息づかいも物音もしない。何かがあったのは間違いない。 「蕗口! 大丈夫か?!」  返事がない。 「蕗口!」 「よお、お前か」 「……え?」  蕗口じゃない。  一瞬にして背中が寒くなる。携帯を落としそうになってしまった。無意識で腰が浮きかけて、引き留めるように健助の手に力がこもった。

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