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 向こう側で、心底楽しそうな笑い声が響く。この電話は蕗口と繋がっていたのに、今聞こえるそれは、無道先輩の声だ。  落ち着け、と健助が囁く。 「蕗口は無事ですか」 「そりゃあ、どういう意味だ? ムカつくがこいつは身内だ。他人が口を挟むことじゃねえよ」  これじゃ無事かそうでないのか判断できない。あいつではなくこいつ、と言ったのでまだ近くに居ることだけは分かった。刺激しないようにしなければ。 「手紙は見たか?」 「……はい」 「へえ、渋ってたがあいつやったんだな」  誰の話だ? 手紙を仕込んだ人だろうか。やっぱり本人ではなかったのか。  先輩の味方、俺にとっての敵は一体何人ぐらいいるのだろう。蕗口みたいに脅されてる人もいるのかな。 「お前の周り鼠が多くてうぜえんだよ。なんなんだ? お前」 「先輩ほどでは」 「ああ?」  しまった、いきなり刺激してしまった。と思ったけれど、意外なことに続いたのは怒鳴り声ではなく笑い声だった。こわいほどに機嫌が良い。 「ほんとなんなんだよお前は。ただのバカか?」 「たぶんそうです」  電話を奪った目的はなんだ。ただの脅しか、なんらかの要求か。  衝動的な人なんだという印象が強かった。だから、きっと突然前触れもなく凶行に及ぶのだと思っていた。実際は、いくつもの小さな揺さぶりをかけてきた。

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