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「彼は元気で良いな」
「寮長」
乗堂寮長だった。始まって早々席を離れるなんて意外だ。寮長はしばらく桐嶋を見ながら「惜しい」と呟いては残念そうにしていた。
「何が惜しいんですか? 部活の勧誘をしようと?」
寮長は腕の筋肉がすごいのも納得の弓道部らしい。もうじき引退だから見込みのある後輩を勧誘しているのかな? 桐嶋はもう陸上部に入っているけれど、引き抜きだろうか。
「勧誘は勧誘だが、部活ではなく寮対抗リレーだ」
寮対抗リレー。寮内の掲示板や、プログラムにも書かれていた。それに参加するためだけに寮替えなんて無理だろうし、惜しいと言った意味が分かった。
「そして勧誘したいのはお前だ、堰」
「俺ですか?」
こんな直前に? と不思議に思ったのが顔に出てしまったのか、寮長は苦笑いを浮かべる。
「ぎりぎりなのはすまん。忙しそうで事前に声をかけられなかった上、結局別の奴に決まったんだが、なぜか辞退すると言ってきてな」
忙しくはなかったんだけど、例の一件を知っている人たちに安心してもらうため保健室に通ったり、必ず誰かと居るようにしていたりで声をかけるタイミングがなかったのもしれない。
「それに堰、あの元気くんと走るそうじゃないか」
元気くん。桐嶋のことかな。2人3脚の話をどこかで聞いたのか。もしかしなくても桐嶋も選手なんだろうな。
話している間に200メートル走が始まって、ぶっちぎりで桐嶋が一等を取った。
「確かに一緒に走りますけど、彼より遅いですよ俺」
「構わん。勝ってくれたらそりゃあ嬉しいが、開く距離を短くしてくれるだけでも十分だ」
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