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第3話 変化

週末、西園寺の要望で美術館へ予定を立てた 予定はそれだけなので、当日の朝はゆったりとして過ごした 美術館が開く前から 「健、早く行かねぇ?」と水森を急かした 「んなに早く行っても開いてねぇだろ?」 「早く行きたい! 電車とバスを乗り継ぐなら、もう出ないと遅くなる」 ケチな水森は絶対にタクシーに滅多乗らない もし乗りたいなんて謂えば『お前が払えよ!』と謂うのだ それが解ってるから、早めに出て逝こうと急かしていたのだ 「タクシーじゃなくて良いのか?」 「健はケチだから俺に支払わせるじゃないか!」 「当たり前やんか! 俺は薄給なんだ、お前の用で逝くならお前が支払うのは当たり前じゃねぇか!」 「ケチだな健は‥‥」 西園寺はブチブチ謂う 「薄給な俺にたかるな!」 「たかってなどいない だから俺もバスと電車に乗れる様にしたではないか!」 キリがないと水森は話題を変えた 「一臣が……美術鑑賞する人だとは思わなかった…」と話題を変える 西園寺一臣は多彩な趣味を持つ 家ではゲームとかガーデニング、そして油絵などに手を出していた いつの間にか庭は綺麗な花や緑で彩られて リビングには大型テレビが運び込まれ、テレビの前にはゲームの配線がビッシリと繋がれていた 寝室でない部屋では油絵のキャンパスが置かれ‥‥ 部屋の至る所に西園寺の痕跡が残っていた 「作品に使おうと想ってる絵が来日してるんだよ!」 西園寺は興奮して答えた 「お仕事で行くんですか?」 「……個人として行く……」 「なら経費では出ませんね!」 やはり水森はケチな会社の回し者だった 「なら支度をして行くぞ! ついでに昼と夜は外で食べて来れば良いか! お前、どっち出す?」 「………夜出すよ…… 健は薄給なんだろ?」 「そうそう!オレは薄給の悲しきサラリーマンだからな! 俺を敬え、労れ!」 「よく言うよ……ケチなだけじゃん」 使ってない部屋の電気は、こまめに消せと煩い 案外、節約家で煩い でも西園寺の金はあてにしない 西園寺は金持ちだと解ると、掌返した様に金に群がって来る奴ばかり見てきた なのに水森は他の奴とは違った 外食に行く場合 割り勘が大好きだ 割り勘にしない場合は、交互にお金を出し合う 西園寺のバックボーンに群がり甘い蜜を啜ろうとする奴らと水森は違う 水森は食費も光熱費も一切請求しない 払えと言う癖に、実際請求されない 不思議な男だと西園寺は想っていた 最初は誰かと住むのは嫌だった 自分のテリトリーに他人を入れるのは我慢ならなかった でも編集者をやめさせ過ぎて、水森が最期だと通告されていた 水森がダメなら、脇坂が編集者に収まると宣言された それは嫌だから水森の言い分を聞いた 掃除が大変じゃないマンションを探すつもりが‥‥ 水森との生活が想ったより楽で気持ちよくて‥‥ 居着いてしまった 水森との生活に慣れすぎて…… 元の生活に戻れるか…… 不安すら抱いていた 美術館には、バスと地下鉄を乗り継いで向かった 「俺……地下鉄って初めてだ」 その台詞にどんだけよ?と水森は想う 「どんだけセレブなお坊ちゃまなんだよ」 「………お坊ちゃまだからじゃない…… 引きこもりしてたからだ……」 「………そっちか! 花火大会も見に行こうぜ! 勿論、電車と地下鉄俺を乗り継いで行く事になるけどな!」 「………俺……潰れない?」 満員電車はギューギュー苦しかった ラッシュ時じゃない時間でこうなら、ラッシュ時はかなり凄い事になるのだ 「大丈夫だ! 案外人間はタフに出来てるもんだ ラッシュ時はこの倍なんだぜ? どうするよ?」 「………これより凄かったら……確実に死ぬ……」 「ラッシュで死ぬかよ……ったく……」 軽口を叩きながら一緒に美術館まで向かった 美術館に入るなり西園寺は 「健、目的の絵は何処だ?」と水森を急かした 「………お前……折角美術館に来たなら、目的の絵以外も見ろよ」 「目的の絵を堪能してから、他の絵は見る事にするからさ!」 仕方なく西園寺の目的の絵の所まで向かった あれこれ言っても、必ず水森は西園寺の言う事を聞いてくれる 美術館で目的の絵を鑑賞しに行こうとすると、突然……声が掛かった 「………健様……」 声を掛けたのは60代中頃の紳士的な老人だった 水森は声を掛けた人間を一瞥して……そっぽを向いた 「………人違いです…」 「健様……旦那様が逢いたがっておいでです…」 「オレは逢いたくない……」 「………健様……旦那様は……病に伏せっておられます 何度も連絡入れたと想います……」 「………あの家の関係者から来た手紙は総て読まずに捨ててます オレは関係なき者になってるんじゃないんですか? 弁護士がオレと逢う事を許すと想いますか?」 「………健様……」 「……野瀬…二度とオレの前に姿を現すな」 「………健様……またお声掛けさせて戴きます……」 「掛けなくて良い!」 野瀬と呼ばれた男は深々と頭を下げるとその場を離れて行った 水森は西園寺の方を見て 「………悪い……嫌な所を見せた……」 と謝った 西園寺は水森の顔が見た事もない程冷たくキツかったから‥‥‥ 気にするな!と言わんばかりに、その話題には触れようとはしなかった 「……健、この絵のパンフレット欲しい 写真は撮っちゃだめなんだろ?」 西園寺の気遣いに水森は息を吐いた こんな時の西園寺の気遣いに救われる 「パンフレットをチェックして、載っている様なら帰りに買おう ………お前は何も聞かないのか?」 根掘り聞かれるのは勘弁だが‥‥ 何も聞かれないのは何か‥‥それはそれで不安だったりするのだ 「聞いても健が素直に答えてくれる気がしない……」 「………だな……」 嫌になる程、御存知で‥‥‥本当に嫌になる 「それよりも目的の絵の鑑賞だ! 健の感想聞かせてくれ」 西園寺は目的の絵の前に逝くと、何時間も無言でその絵を眺めていた 水森はそんな西園寺の横に黙って立って、絵を眺めていた 西園寺が入れ揚げているだけあって、その絵画は静かに物語っていた 人の苦しみや悲しみ‥‥ 愛や幸福‥‥‥そして未来を物語り‥‥問うていた 貴方達の瞳に絵の真実が視えるか? と謂わんばかりに絵は語り続けていた 西園寺は水森に「お前の意見を聞かせてくれ」と問い掛けた 「この絵は見る人の心に語りかけているな‥‥」 水森がそう言うと西園寺は瞳を輝やかせ 「どんな風に?」と問うた 「哀しみの先に何があるか‥‥俺は知りたいと想った‥‥ 果てしない絶望と哀しみの先に‥‥光が見えた 俺は‥‥それだけで救われたと想ったよ」 水森の瞳には‥‥‥果てのない絶望と哀しみが映し出されていたのかと西園寺は想った 西園寺には‥‥この絵の機微が解らなかった 素晴らしい絵だよ! と謂われても‥‥‥西園寺には“何”がそんなに素晴らしいのか解らなかった だからもう一度見たいと想った 水森と一緒に見た先に何が見れるか知りたかった 西園寺は水森の心を推し量る様に絵を見た 水森はこの絵を救済か何かの様に捉えていた 暗闇にうっすらと差し込む光こそが救いなのか? 西園寺は何も謂わず葛藤していた 解りたい‥‥ 水森の見た絵の先を‥‥ そう想った心が絵に救いを求め 絶望と哀しみの先に在る希望の光を感じて、西園寺は涙を流していた 水森はそっとハンカチを差し出した 西園寺は何で水森がハンカチを差し出したのか解らなかった 「一臣‥‥涙を拭けよ」 謂われて自分が泣いているのを知った 「健‥‥」 水森は「少し屈め」と言った すると西園寺は水森の目の前までしゃがんだ 涙を溢れさせている瞳を瞑らせると、水森は涙を拭いた 涙が止まると水森はチケ臭い台詞を謂った 「来た以上は他のも見ろ! お金を払った分は見てから帰らねぇとな!」 なんともはや水森らしくて西園寺は笑った 西園寺は水森に引っ張られて歩いた 一頻り美術鑑賞を楽しむと 「うし!これで全部見たな」と満足そうに謂った 「なぁ健」 「何だよ?一臣」 「お前さ、そんなに小さくて絵がちゃんと見れたか俺は心配してるぞ!」 小さくとも、ちゃんも見える!!! 余計なお世話だと水森は西園寺の足を想いっきり踏んづけた 「痛いっ!」 西園寺の悲鳴が上がる 水森はフンッ!と怒っていた 「てめぇは初対面の時に人をホビット呼ばわりしただけじゃ物足りねぇのか?」 「だってあれは、視界に入らない様な小ささだったから‥‥」 グジグジ足を踏みつけられる この日西園寺は結構お気に入りの靴を履いて来ていた なのに水森はゲシゲシ踏みつけるのだった 「健、ごめん‥‥この靴お気に入りなのにぃ‥」 「お前さ家から靴を運び込みやがったろ? 俺の靴が入らねぇ程にあるから良いだろ?」 何ともな言い種である 「健、大きな下駄箱買ってあげようか?」 「あの家の家具を勝手に変えたら速攻追い出す!」 連れない返事に西園寺は苦笑した 買ってあげる!でご機嫌は取れない 頭に来ると口よりも手か足が飛び出す 本当に短期な水森だった なのに西園寺は同居を辞めようとはしなかった スタスタ歩く水森は結構危ない 前が十分に見えてないのかぶつかりそうになる そんな時、西園寺は水森を摘まんで回避する なのに水森は 「俺を摘まむな!」と直ぐ怒る 危ないから摘まんだのに‥‥ 「健、前ちゃんと見てる?」 「見えてる! お前は何か? 俺が小さいから見えてねぇって言いたいのか?」 そう言い西園寺の足を踏んづけた 「痛いっ」 「少し位背が高いからって調子に乗るな!」 180センチの西園寺と、男にしてはかなり小ぶりの158センチの水森 並べば西園寺の胸よりも低い位置に在る スタスタ歩く水森に西園寺は 「健、機嫌を直せよ」と声をかける こんな時はケチな水森の喜ぶ声をかける そこまで西園寺は成長していた 「健、今日は付き合ってくれたから昼も夜も奢るって!」 「うし!なら高級で高いの食べるか!」 水森はスキップしんばかりに歩き出した まったく現金な奴である 西園寺は嬉しそうに水森と歩き、美術館を後にした 外に出て西園寺は 「何処で食べる? 良いぞ、好きなの食わせてやる! 高級で高いの頼んで良いからな」と問い掛けた 「何にしようかな?」 水森は楽しそうに検討する 西園寺は水森を気遣って 「此処を少し離れようか? また逢っても嫌だろ?」と少し離れる事を提案した 水森は表情を曇らせて 「…………ごめん……気を遣わせた……」と謝った 西園寺は笑って水森の背中を叩いた 「違うって! 飯は上手く食いたいからな! この後、遊園地に行こうぜ!」 「………男二人で……遊園地?」 「気にするな 俺は遊園地とやらに一度も行った事がないんだ」 どんだけ引きこもりなのよ? 「なら昼を食べてから遊園地に逝くとして、昼はホテル・ニューグランドにでも食べに逝くか」 「おっ、それ良いな」 「昼は一臣の奢りなら俺はタクシー代を出すよ」 「良いよ、ケチな健が無理する事はない」 「悪かったなケチで!」 「さぁ、逝くぞ!」 西園寺はそう言い水森の手を取った 手を繋ぎ歩き出す 水森は慌てた 「………何で‥‥手を繋ぐんだよ……」 「健は小さいから、余所見をするとぶつかるからな! そしたらはぐれて探す時間が勿体ないだろ?」 「………何か……腹立つ……」 「蹴るなよ健 俺の足はお前に蹴られて青アザだらけなんだから‥‥」 「…………腹立つからいけないんだろ?」 「はいはい!」 「返事は一つ!」 「どんだけだよ健!」 西園寺はボヤきつつも 水森に引っ張られ赤レンガ倉庫を抜けて山下公園へと続く歩道を歩く こんな長閑な時間 こんな時間を送った事のない西園寺は磯の香りと暖かな時間を嗅ぎ取っていた 山下公園へ出てホテル・ニューグランドへと向かう ベルボーイにドアを開けて貰い二人はホテルのの中へと入って行った ホテルのレストランに向かうと、ウェイターに案内されて席へと進む 案内された席に座りメニューを手にすると、水森は高いのを頼んでやると言いつつも、定番のランチを頼んだ 「健、高いのじゃないのか?」 「人の金で食うんだからな弁えた値段にするのは常識だろ?」 人の金だから高いのを注文する奴しか西園寺は知らなかった 「高いのでも良いぞ」 「それは恋人にでも奢ってやれ!」 水森は笑ってそう言った 西園寺はキリキリと胸が傷んだ 西園寺も仕方なく同じモノを頼む事にした 西園寺の知ってる奴は、ここぞとばかりに高い高級品を所望した だが水森は高い高級品を所望してやる!と謂いつつもリーズナブルお値段のランチを所望した 西園寺は水森のこう言う所を気に入っていた 運ばれたランチには‥‥‥西園寺の苦手なピーマンが入っていた 水森は西園寺が謂う前にピーマンを摘まみ、自分のお皿に乗せた 「健‥‥」 「さっさと食っちまえ! でねぇと遊園地に行けないぞ!」 こんな時の水森は優しい 「遊園地のお金は割り勘だからな!」 これさえなければ‥‥もっと優しいのに‥‥ 「奢っても良いぞ」 「恋人にでも謂ってやれよ!」 俺には謂うなとばかりに水森は言い捨てた 奢ってやりたいのに‥‥水森は奢られてはくれない 「本当に健はケチだ」 「ならば、西園寺先生! 経費では落として見せますので領収書をお願いします」 敬語で謂われて西園寺は不貞腐れた 「経費で落とさなくて良いよ」 「早く食って遊園地逝くんだろ?」 「健はジェットコースター乗れるのか?」 「‥‥‥身長制限がなければな‥‥」 「身長制限?何だ?それは?」 「乗り物によってはあるんだよ! 160以上とかなんとか!」 初めて聞く事だった 身長制限があるなんて知らなかった 西園寺は至極普通に問い掛けた 「ホビット用には作られてないからか?」 すると足癖の悪い水森の蹴りが飛んだのは謂うまでもない 「痛いって!健」 「誰がホビットじゃ!」 「だって健と買い物に逝くと、どこに健がいるか解らなくなるし‥‥」 西園寺はボヤいた 西園寺を買い物に連れ出して荷物持ちをさせていた その時、必ずと謂って良い程に、水森が商品棚に隠れて見失っていた 最近の商品棚は高くて‥‥あっという間に水森を隠してしまっていた 「うるせぇ!黙らねぇとピーマン口に突っ込むぞ!」 水森が怒る 西園寺は楽しそうに笑っていた 昼食の後は遊園地に向かい、乗り物に乗った 美術館近くの遊園地は身長制限がなくて、水森もジェットコースターに乗れた 西園寺と一緒にジェットコースターに乗る 西園寺はこんな狂暴な乗り物があるなんて‥‥‥信じられなかった 「ぎゃぁぁぁぁぁ!」 遊園地に西園寺の悲鳴が響き渡った 水森もジェットコースターには死にそうになったけど…… 他の乗り物は楽しかった 西園寺は初めて体験する事に夢中になって楽しんだ 遊び疲れてクタクタになると西園寺は 「なぁ健、帰りのタクシー代は俺が払うから‥‥タクシーで帰って良いか?」と問い掛けた 本当に初めての出来事に西園寺は夢中になり 疲れ果てていた 「俺が払うから大丈夫だ!」 水森はタクシー代は自分が払うと謂った ケチなのに‥‥ 「明日は嵐になるから‥‥俺が払う事にする」 水森は西園寺の脛を蹴った 「痛いって!健」 「何が嵐だ!」 「健はケチだからな、珍しい事をすると天変地異が起こる!」 「腹立つ、なら電車で帰ろうぜ! 丁度、お前の大好きなラッシュアワーだぜ?」 悪魔に見えた 怖い‥‥‥こいつはいじめっ子だ 「健‥‥ごめん、許して‥‥」 「なら奢りな」 「うんうん!俺が疲れたからタクシー代を奢るのは当たり前だ!」 「しかし勿体ないよな?」 ケチは呟く 西園寺はタクシーを停めると、水森を後部座席に押し込んで自分も乗り込んだ 西園寺は水森の自宅の住所を運転手に告げる 道案内は水森がした タクシーの乗車中、西園寺は疲れた顔をして‥‥眠っていた 家に着いて西園寺を起こす 「一臣、家だ!起きろ!」 揺すって起こすと西園寺は起きた 「家?」 「あぁ家だ」 水森に謂われて西園寺はタクシー代を支払い、タクシーを下りた 家に帰ると、お風呂にも入らずに眠りに落ちた 水森はそんな西園寺の髪を撫でながら、彼の寝顔を何時までも見ていた 美術館に行った後、更に西園寺と水森の関係は確かなモノに変わって行った 仕事を終えたら水森はスーパーに向かう 西園寺に食べさせる為に買い物をする 我ながら‥‥何やってるんだ?と買い物カゴの中を見る 買い物カゴの中には西園寺の大好物が鎮座していた まるで妻のように甲斐甲斐しく、西園寺の面倒を見る それが気恥ずかしくもあり‥‥‥ 西園寺が家を出たら終わる現実だと‥‥水森は想っていた 家に帰ると夕飯の準備をする 「今日は何を作ってくれるんだ?」 西園寺は水森の帰宅を待って、水森が玄関を開けると直ぐに出迎えてくれて聞くのだ 最近はお皿を出せ!と言わなくてもちゃんと出せる様になっていた 服も抜いたら散らかしていたのに、洗濯ネットに入れる様に躾けられていた 二人で過ごす時間は穏やかで優しいモノだった 夕飯を食べてるとインターフォンが鳴った こんな時間に誰か来る用事など皆無だった 「………誰だろ?」 水森は西園寺を見た 「俺出るか?」 「いや、良い! 俺が出るから食ってろよ」 水森は立ち上がると玄関へと向かった ドアを開けると…… そこには脇坂篤史が立っていた 「………編集長……」 水森は呟いた 「夜分遅くに済みません 少し尋ねたい事があるのでお邪魔しても宜しいですか?」 「はい!どうぞ!」 水森は脇坂を招き入れた 玄関に入って来たのは脇坂だけではなかった 水森はスリッパを二足用意した 脇坂と一緒にやって来たのは、50代中頃の紳士的なエリート然とした男だった 水森はリビングに二人を招き入れた 西園寺はキッチンカウンターでご飯を食べていた そしてリビングに入って来た男に目を止め立ち上がった 水森の家は3LDKの部屋がある キッチンとリビングが15畳程あり、システムキッチンがあり、カウンターが備え付けてあった 外のボロさと中の綺麗さは反比例していた 水森は紅茶を煎れると、客人の前に置いた 「水森、座りなさい」 「はい!」 水森がソファーに座ると脇坂は口を開いた 「水森、こちらの方は西園寺家の執事をなさってる稲村さんだ ここ一ヶ月程、屋敷の方に西園寺先生が帰ってないと心配されている」 「………え……連絡入れてないんですか?」 水森は驚いて呟いた 脇坂は西園寺家執事の稲村の訪問理由を水森に告げた 「……で、西園寺先生の居場所を知らないですか………と尋ねに来たのです まさかね………水森の家のキッチンで夕飯食べてるとは…… 想いもしませんでした 経緯を聞かせて貰って宜しいですか?」 脇坂は、さぁ話せ!とばかりに水森に迫った 水森は仕方なく経緯を脇坂に話す事にした 「オレが西園寺先生の家に行った日に、西園寺先生はオレに身の回りの世話をしろと仰有いました オレはあの家の掃除はしたくはなかった あんな豪邸の掃除……全部終わる前にオレの人生が終わる……」 水森はそう言い身震いした そして水森は更に続けた 「そしたら西園寺先生が狭いマンションを近いうちに買うと仰ったのです! でも直ぐには買えないので、お前の家に連れて行け!と仰られたのでお連れ致しました! まさか‥‥家の方に無断でおいでとは‥‥想いもしませんでした」 水森は西園寺を睨み付けた 西園寺は気にする事なく夕飯を食べていた 「健、夕飯の途中で席を立つなんて行儀が悪いぞ」 西園寺は気にする事なく優雅に夕飯を食べて、そう言った 「………西園寺先生……」 水森は夕食よりも、お前の客だろ?と非難の瞳を向けた 西園寺は悪びれる事もなく 「話は食べ終わってからだ 健、さっさと食べちまえ!」と謂った 西園寺がそう言うと脇坂は 「………食事中でしたか…… 待ちますので食べて来て構いません」と謂った 喉を通るかよ! 水森は想った だが夕飯を食べねば話し合いには突入は出来ないと、食事の続きを取る事にした 西園寺は食べ終わると何時もの様に 「健、お茶」と言ってきた 水森は緑茶を煎れてやり目で早くしろ……と催促した なのに西園寺は知らん顔して 「健、デザートは?」と聞いて来た 水森はブチッと理性が切れる音を聞いた 「………お客様がお待ちです!」 自棄糞になり告げる なのに西園寺は呑気な顔して 「待たせとけば良い」と言い捨てた 「………一臣……てめぇ、これ以上我が儘言うと……」 蹴り飛ばすぞ……と目が物語ってた 西園寺は「解ったよ!」とキッチンから立ち上がった ソファーにドサッと座り足を組んだ 「話は何だよ稲村」 「坊ちゃま、何時からこのお宅に?」 「健が担当になった日からだから一ヶ月前だな」 「………御連絡下さらないと困ります 誘拐や最悪の事態を想定して動かねばなりません……」 執事の稲村は心配そうに訴えた 「俺がそんなヘマやるかよ! しかも俺なんて誘拐しても親父もあの人も、犯人の要求なんて飲むかよ! 厄介者が排除できて良かった位にしか想わないだろ?」 「………一臣様……そんな事は御座いません」 「俺は熾烈な跡目争いなんてご免だと言った筈だ! 俺を巻き込むな!」 「………翁は貴方に……と、仰有ってらっしゃいます……」 「じじぃに言っとけ! 俺は何も要らねぇ!ってな」 「………一臣様……」 「あの屋敷を処分してくれ それでこの近くにマンションごと買い取ってくれ! そこで健と暮らす」 「………あの……失礼ですが……水森様とは… どの様なご関係なのでしょうか?」 執事の稲村は、西園寺が水森に執心しているのを感じていた 「俺が気に入って押し掛けただけだ 関係はこれから築くつもりだ! でも健はツンデレだからな……」 西園寺は嬉しそうに笑った 稲村はそんの西園寺の顔は初めて見た 西園寺家の令嬢 冴子が許嫁ではない男と作った子供 それが一臣だった 相手は絶対に口を割らなかったから解らない そして誰に言う事なく…… 守り通して育てた 母親は結局、息子を守る為に許嫁と結婚した だが愛のない生活に疲れて、母は行方をくらました そして血の繋がらぬ父親は母親が行方不明なのを良いことに、愛人を連れ込み好き放題やっていた 血の繋がらぬ父親は西園寺家を乗っ取り、自分のモノにする野望を抱いた まだ全部は手中には収めてはいなかった それは祖父が西園寺家の実権を握っていたからだ…… 西園寺の全権を手中に納めるには、翁の存在と西園寺一臣の存在が邪魔だった 祖父である翁は愛する娘の子供である一臣に家を与えた そこで何不自由なく暮らせと財産も持てる限りの総てを与えたが…… 愛と人の優しさは与えなかった 西園寺家の財産と言う魔力に取り憑かれた義父は…… 西園寺一臣を亡き者にしようと暗躍していた 西園寺の母親が行方不明になり20年が経とうとしていた 行方不明者として届け出を出して、離婚が成立した 離婚が成立して義父は再婚した だからこそ、西園寺家の総てを手に入れて、我が子に遺そうと考えていた それには西園寺勘三郎と一臣が邪魔だった…… 「………坊ちゃま……康三様に居場所が知れたら………」 「殺しに来るって?」 「…………あの方は……翁を殺害しようとしました…… 自分は手を下さず…… 翁は今も入院中に御座います」 「母さんが出て来れば一発で解決するのにさ……」 「………一臣様…」 「俺は健と離れる気はない 俺を移らせたかったら、健が掃除出来そうな小さな部屋を見つけて来い そしたら移ってやる」 西園寺はその条件以外では動かないと宣言した! 執事の稲村は西園寺の頑固さは熟知していた だから飲むしかないと想っていた 「………ではそれを見付けるまでSPをお付け致します」 「家には入らせるな! 俺のテリトリーに入るのは許さない」 「解りました……」 稲村が謂うと西園寺は脇坂に目を向けた 「脇坂は道案内で来たのかよ?」 脇坂は話を向けられて、西園寺に説明した 「貴方の行方が解らないとおみえになりました 水森は会社に来て貴方の作品の資料を用意していた 消えたと言われる日から担当者として仕事をしていた なら水森しか貴方の居場所は解らないと思い稲村さんと訪問させて戴きました」 事情を話されて西園寺は、脇坂の洞察力に感服した 「………流石脇坂、お前ミステリーでも書けよ」 「僕は編集が好きなので物書きにはなる気は御座いません」 「………野坂が好きなので……だろ?お前は……」 編集部で見掛ける光景を思い浮かべて西園寺は揶揄する様に言葉にした 脇坂は顔色を変える事なく 「間違ってはいません」と答えた 「早く帰って新婚やってろよ」 「西園寺先生、僕が言った言葉、覚えてます?」 脇坂は再び釘を刺す言葉を口にする 西園寺はニヤッと嗤って 「覚えてる!お前の心配など不要だ」と答えた 「そうですか!解りました 稲村さん、これ以上の話し合いは無用かと想います……」 脇坂は引き際を提示した 執事の稲村はそれを了解した 「………そうですね 坊ちゃまは頑固ですので……譲らないでしょう……」 西園寺は当たり前だと口にした 「解ってるなら言うな お客は帰るからデザート用意しろよ!」 横柄な態度に水森は、西園寺を蹴飛ばした 「痛って……健」 西園寺は低く呻いた 水森は西園寺を睨み付け 「生意気言うとデザートお預けにするぞ!」と脅した 西園寺は「………それは嫌だ……」と駄々をこねた 水森は執事がいるような金持ちなんだから、跡目争いとか壮絶なんだろうな‥‥と頭に描き 「お前さぁ、俺を巻き込むんじゃねぇぞ! こんなボロい家に押し入られたら困る? 今すぐホテルにでも移れよ この家を壊したら……許さねぇからな!」 何ともな文句に西園寺は抵抗した 「………ホテルは嫌だ…… お前のご飯が食えなくなる」 西園寺の言い分もなんともな言い分で笑えた 水森はそれでも引く訳にはいかなくて、訴えた 「なら何処か用意してもらえよ! この家は……オレの存在理由だ…… 消えたら……オレはこの世からいなくなる」 「………それは嫌だ……」 「なら出てけ」 「健も……健も……来てくれ」 西園寺の頼みに水森は編集者としての笑みを浮かべて 「………原稿は受け取りに行きます」と答えた 動くならお前が動けとばかりの対応に、西園寺は「なら動かない……」と宣言した この頑固なクソ野郎に水森の怒りは込み上げる 「……てめぇ…」 水森は呻った…… 「健は本当に意地悪だ……」 西園寺は悲しげに呟いた 水森はバツの悪い顔をした 「悪かった…でも‥‥この家のセキュリティーは皆無に等しいのは事実だ だから安全な場所に出ていけ!」 「嫌だ!」 「こっのぉ!頑固者!」 終わらない言い合いに脇坂は割り込む事にした 「水森、このままでは平行線です」 脇坂に謂われ、冷静になった水森が 「すみませんでした」と謝った 脇坂は最大の譲歩を提示した 「セキュリティの万全なマンションに移った方が良いのは確かです 君もね……水森……」 脇坂が言うと水森は顔色を変えた 勘繰るなと言いたいが、勘繰らずにはいられない 「………何かありましたか?」 それに脇坂は答えず 「明日の朝、稲村さんがお迎えにあがるので、支度をしておきなさい」と用件だけ伝えた 水森は覚悟を決めて 「………解りました……」と答えた 「では失礼します」 脇坂はそう言うと稲村と共に帰って行った 水森は西園寺のデザートを用意した 「何処で食べますか?」 「リビングで……」 そう言い西園寺は何やら考え事をして黙った そして決意したかの様に口を開いた 「………巻き込んじゃうかも知れないから……お前に話しとく……」 西園寺は総てを水森に話すつもりだった 「………オレは……何も話しませんよ?」 水森は何一つ、西園寺に話す気はなかった 「良いよ 健の話じゃない、俺の話を聞いて欲しいんだ」 「………そうですか…… なら聞かせて下さい」 「ババロア食ったらな…」 西園寺はリビングに向かい、ソファーに座った 水森にデザートのイチゴのババロアを用意して貰って、それを食べた 「美味しい」 子供のおやつの様な味が口に広がる 西園寺はこんな優しい味の料理やデザートを口にした事はなかった 食べ終わると立ち上がり水森を横に座らせた

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