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第6話 原稿の中心で愛を叫ぶ①
背の小さな男が、東栄社小説編集部に姿を現した
編集長の脇坂篤史に連れられて編集部に来たのは……
水森 健が消えて2カ月経った頃の事だった
朝礼と共に現れた男に、編集部の皆は目を輝かせた
「朝礼を始めます!
皆さんに紹介しましょう
我が編集部に配属された円城寺 健さんです」
紹介を受けた男は深々と頭を下げた
「円城寺 健です
宜しくお願いします」
男が自己紹介すると編集部の皆は男に飛び付いた
「健!何処に行ってたんだよ!」
「健 嫁に行ったって噂があるぞ!」
口々に揶揄しながら帰って来た仲間を迎え入れていた
「傷は……良いのかよ?」
副編集長の小野田が問い掛けた
あの一連の株主総会はテレビで流れた
水森が突き飛ばされ壇上の下に落ち、頭をパックリ割り血に染まるシーンはリアルタイムで流れた
「ご心配かけました」
健が謝ると副編集長の小野田は
「…………作家の西園寺先生が原稿の中心で愛を叫んでおられるのですが…
誰もお逢い出来なくて困ってます」
と単刀直入に伝えた
水森は訳が解らず
「それは冗談か何かですか?」とボヤいた
「いえいえ、冗談ではなく、エッセイで彼は愛を叫んでらっしゃるのです」
それを聞いて水森は嫌な顔をした
「何でエッセイなんて書かせるんですか!」
「他のは書きたくない!と仰るから編集長がならエッセイでも書きなさい!と書かせているのですよ!」
副編集長の小野田は笑ってそう言った
「愛なんて叫ばせてどうするのよ?」
水森はボヤいた
小野田は更に続けた
「止めようにも西園寺先生には誰も逢えませんからね!
止めようがないんですよ!」
「何かですか?それは?
………誰も逢えないって……なら、どうやって原稿を貰ってるんですか?」
水森はぶつくさ文句を言った
「………基本……データ送信で……」
「打ち合わせは?」
「水森が来たら逢ってやる……の一点張りで………」
ブチッ、水森は理性が切れる音を確かに聞いた
「では今日から西園寺先生の担当者に戻ります
編集長、それで良いですね!」
水森は確認要項を口にする
脇坂は「ええ、構いません!どうせ君しか担当にはなれません!」と笑った
「編集長、気になったのですが……原稿の中心で愛を叫ぶ……って何ですか?」
それには副編集長の小野田が答えた
「………西園寺先生らしからぬ作品を書きたいと申してるんで、編集長が許可したのでエッセイの連載を載せてます
そしたら好評で……」
「どんな内容ですか?」
「……愛してる人に逃げられたそうで……
本当に原稿の中心で叫んでらっしゃるんです
愛してる健!
…………と、叫んでらっしゃるんです」
「………健……名指しですか……目眩がします……」
水森はクラクラして来た頭を押さえた
「西園寺先生は今、水森……嫌……円城寺君の近くのマンションに住んでます」
副編集長の小野田が名前を訂正すると
「呼びやすい名前で構いません
苗字が変わっただけ
叔父が……オレを護る為に戸籍に入れてくれました
オレは叔父の姓を名乗っているだけです」
「……では、我が編集部は今まで通り健と呼びましょう!
健、西園寺先生の所へ顔見せ、宜しくお願いしますね」
小野田は水森に西園寺の住所の紙を渡した
水森はそれを受け取り
「西園寺先生の所へ顔見せに行きます」
と言い編集部を後にした
久しぶりの編集部に活気が戻って来た
脇坂は「凄いな、水森の存在は結構重要ですね」と呟いた
副編集長の小野田は疑問を口にした
「編集長、水森の苗字の円城寺って……」
再確認の様に口にしても畏れ多い名前だったりするのだ
脇坂はそれを意にも介さず
「円城寺貴正が後見人に着いたそうです
彼の母親は円城寺貴正の妹だそうです……」
とさらっと呟いた
「………西国院……の姓をやっと捨てられたのですね……」
「…………悪夢から……醒めはしないだろうけど……やっと終われたみたいですね」
脇坂は微笑んだ
小野田も騒がしくなる編集部を思い浮かべて笑った
「なんにせよ、健は台風の目ですからね」
「ええ。明日から煩くなります」
編集部は活気付いていた
水森が消えた後も、水森の机は綺麗に掃除されていた
皆が水森の復活を待っていた
そして一番待ってたのは……
「西園寺先生……泣いて喜ぶんでしょうね……」
脇坂は呟いた
『俺の担当者は水森 健
それ以外は要らない!』
堂々と宣言して他の編集者を受け付けようとはしなかった
だから誰も担当者は付けなかった
脇坂は水森が還る事を解っているかのように、無理強いはせず西園寺の好きにさせていた
「やっと首輪がつけられて良かったです」
脇坂は悪魔の微笑みで呟いた
副編集長の小野田は‥‥‥忙しさが倍増する明日を想い背筋に冷たいモノを感じていた
水森は東栄社を出て歩き出した
自分を落ち着ける為にゆっくりとした足取りで歩き出した
顔を合わせたらどんな顔するかな?
怒るかな?
それとも喜んでくれるかな?
水森にだって不安はあるのだ‥‥
愛していたって黙って何処かへ行ってしまう恋人なんて自分だって御免だと想えるから‥‥‥
それでも覚悟を決めて水森は西園寺のマンションへと向かう
副編集長の小野田が書いたマンションの中へと入って行った
集合パネルの前で西園寺の部屋のボタンを押すと
『誰?』と恋い焦がれた声が聞こえた
「西園寺先生の担当者になりました円城寺です!」
『……担当者なんて要らない!
俺の担当者は健だけだ!帰れ!』
西園寺は物凄い勢いで断った
水森は意地悪く嗤うと、わざと大きな声で
「え?帰って良いのかよ?
逢いたがってると想ってたのに?
逢いたがってたのは俺だけかよ?」
と残念そうに呟いた
西園寺は慌てて
『………健!………今行く!』
と言いインターフォンはぶち切った
待ってると物凄い勢いで西園寺が下りて来た
「健!何処に行ってたんだよ!」
西園寺はドアが開くと、健の腕を掴んで、マンションの中へと引きずり込んだ
そして強く抱き締めた
水森は西園寺を押しやると
「西園寺先生の担当者の円城寺 健です」
と改めて自己紹介した
西園寺には何が何だか解らなかった
「………円城寺って?」
冷静になれば苗字が違うじゃないか!
「叔父さんが後見人になってくれて戸籍に入れてくれたんだ
西国院の名をやっと捨てられた
オレは神じゃねぇ……
ちょっとだけ……昔のまま生まれてしまっただけだ……」
「………昔のまま?」
それには答えず水森は西園寺を見た
「………俺はお前の為に還って来た…」
「………健……もう俺を一人にするな…」
西園寺は健を強く抱き締めた
水森は西園寺を押し退けると
「………オレはこんな所でラブシーンを展開したくない
部屋に連れて行ってくれよ!」と訴えた
西園寺は今にも水森に押し倒さんばかりに、水森を抱き締めていた
水森は冗談じゃない!と西園寺を押し退けた
西園寺は健の手を掴むとエレベーターのボタンを押した
開いたエレベーターに乗ると
「健の家に住んで良い?」と尋ねた
こんな無機質なマンションよりも水森の家で生活したかった
「良いよ」
「ずっと健と一緒にいて良い?」
ずっと一緒にいられるかは解らなかった‥‥
水森には人の世に生まれ落ちて来た使命がまだ残っていたから‥‥‥
では今は愛する男を安心させてやりたい‥‥
「‥‥良いよ……」
西園寺はエレベーターの中なのに‥‥
水森を抱き締め‥‥服の中に手を忍ばせた
「………健……俺を置いて逝くな……」
西園寺の訴えに水森は消えていた経緯を話した
「面倒な手続きを終えたかったんだ
そして……親父にも逢いに行った
もう貴方とは関係のない存在になる……と宣言した
あの人は……許してくれ……と哀願した
弱って死を待つだけの老人になっていたよ
オレを虐待し続けた親父はいなかった
だけどオレは許せなかった……
だから西国院の名は捨てると宣言した
これよりは無関係な存在になる
オレの事は忘れてくれと言った
あの人は泣いて……泣き崩れた
オレは何も言わずに背を向けて帰った
その翌日……あの人が死んだとの連絡が入った
精神的に壊れてしまっていた……と聞いた
そしてやっと逝けると……言っていたって……あの人は母さんに逢いに行ったんだろう……
そう思う事にした
オレは総てを捨てた
そしてお前の元に還って来た」
「……健……待ってた……」
「……おい……」
服の中に手を入れられ……乳首を弄られれば……
忘れかけた快感が呼び覚まされ……疼いた
「………ゃ……仕事の話があるのに……」
西園寺は熱く滾った股間を健に押しつけた
グリグリと熱い塊で乳首を擦りあげた
身長差はあるのは解ってはいるが……
抱き合うと西園寺の股間が胸に来るとは想ってもいなかった
エレベーターの扉が開くと西園寺は健を抱き上げた
「………健……狂いそうだ……」
寝室まで走って行き、ベッドに雪崩れ込んだ
縺れ合い絡み合い……強く抱き締めた
「………俺のいない間……どうしてた?」
「お前がいなきゃ性欲は皆無になった
オナニーすらする気はなくなった
責任取れよ健……
俺をこんな体にしやがって……」
それは難癖に近いやんか‥‥と水森は想った
だが愛する男だった
謂われれば何でも聞いてやってしまうのだ‥‥
「責任取って傍にいてやる
浮気したら息の根止めるからな……」
「……健……健………なくすかと想った……」
西園寺に尖った乳首を吸われて、健は体躯を震わせた
「……一臣……今日は舐めてやるから……」
「やだ……今舐められたらイッちまう…」
ペロペロ健の体躯を舐めて言った
「………一臣……離せ……イッちまう……」
「感じる?俺に感じてる?」
「感じてるからイキそうなんじゃねぇか…アァ……イッちまう……」
健は体躯を震わせると射精した
下腹を精液で濡らし……扇情的だった
「綺麗だ……健……」
お尻の穴に指を挿し込むと、そこはピクピクと煽動し、ずーっと待ちていたかの様に指を飲み込んだ
西園寺は足を広げると固く閉じた蕾に舌を這わせた
皺を伸ばす様にペロペロ舐め指で掻き回すと、水森は刹那げに泣いた
「ねぇ健……もう良い?
それとも……まだ解す?」
「もう良いから来いよ…」
健の言葉に西園寺は肉棒を挿し込んだ
グイグイ挿し込まれて広げていかれると、苦しくてキツかった
だが感じる場所を擦られると……もっと……とせがんだ
「……一臣……そこ……イイッ……アァッ……ァン……」
「ここだよね?健の好きな場所は……」
グリグリ掻き回されて意識は朦朧として来る
欲しかったのだ……この男が……
熱い体躯を持つ西園寺一臣が欲しかった
彼の熱い肉棒に掻き回される夢を見た
何度も何度も……中を掻き回されてイク夢を見た
そのたび……目覚めると……下着は濡れていた
逢いたかった
だが逢えるだけじゃ嫌だった
ずっと傍にいて……
離れなくても良い様になりたかった
それには戸籍を………
ちゃんとして、西園寺の前にちゃんと立てる立場を手に入れるしかなかった
やっと……念願が叶った
やっと逢える様になれたのだ……
幾度も体躯を繋げて果てた
欲求は尽きず……健は意識を手放した
チャポン……と水の滴る音がした
目を開けると浴室の湯船の中にいた
優しい腕に抱かれてキスの雨を落とされていた
「……一臣……」
「目が醒めた?」
「うん……お腹減ってない?」
「減ってる……ずっと健の作るの食べてない……
健が消えた日から……何も食べる気がおこらなかった……」
健は西園寺の頬に手をかけた
「……少し…痩せたな……」
「健が作ってくれれば元に戻るから大丈夫だ!」
「………俺んちに還るか?」
「………還りたい……健と縁側で夕涼みしてスイカ食べる約束…果たしてない」
「そうだったな
この家はどうするんだよ?」
「……このマンションは俺のらしいから、取り敢えず家賃の心配はない」
「………なら誰かに貸そうぜ
眠らせとくのは勿体ない……」
「健はしっかり者の奧さんだな」
「お前が世間知らずなだけだろ?」
「健、帰ろ……」
「あぁ、還ろうな……」
西園寺と健は祖母が遺してくれた家へと還って行った
水森の家はあの日ままになっていて、部屋のあっちこっちで西園寺の形跡が残されていた
西園寺は家の敷居を跨いだ時
「ただいま」と言い水森に抱き着いた
リビングへと向かいソファーに座ると、水森は紅茶を淹れに行った
そして戻って来ると用意しておいた紙を西園寺に渡した
西園寺はその紙を手にして
「婚姻届か?」と問い掛けた
「違う、よく見ろ!」
西園寺は紙を見て‥‥‥細かい数字の羅列に苦笑した
その紙には同居する以上は光熱費、生活費を払え!と書いてあった
そして光熱費は水森が一人で生活していた時の値段と西園寺が来てからの値段の比較がしてあり、その差額分の統計を毎月払え!と言っているのだ
生活費も然り
水森一人の時の生活費と西園寺が来てからの生活費の比較が書かれており差額分の統計金額は毎月支払え!と書いてあった
水森は光熱費も食費も払えと謂っても徴収しなかったのは統計を取っていたのか‥‥と西園寺は苦笑した
西園寺は「払うよ!何ならもっと払おうか?」と笑って言った
「差額分の統計金額だけでいい
俺をお前が今まで付き合って来た奴等と同じ土俵に上げるんじゃねぇ!」
ぷりぷり怒りモードの水森を、西園寺は抱き締めた
「俺は今までろくに付き合った事なんてないよ
だけど、俺の回りには西園寺と謂うネームバリューを期待して群がる奴は多かった
俺も‥‥面倒臭いから金を払っていた‥‥
だけどこれからは気を付ける
俺の恋人はケチだからな、怒られる様な事はしたくない」
西園寺はそう言い水森に口吻けた
「俺はケチじゃねぇ!」
「健はケチだよ
だから俺も健を見習ってお金の支払いには責任を持つ事にしたんだよ
俺の稼ぎは全部お前にやる!」
「要らねぇよ!」
「そう言うと想った
でもさ、時々は俺が奢ったデートに来てね」
「なら旅行に連れて行って貰おうか!
温泉とか行きたいな」
「連れてくよ!
だから健が旅館の予約お願いね」
西園寺は笑ってそう言った
二人の未来は永遠に続く‥‥‥西園寺はそう想っていた
西園寺一臣は東栄社の小説編集部の水森の席に座っていた
西園寺の前にお茶が置かれた
「西園寺先生、お菓子は要りますか?」
女性社員が西園寺に声をかける
「食べる……健はまだ終わらないのか?」
西園寺は水森を待って良い子にしていた
「健さんは原稿の取り立て中です」
男性社員が教えてやる
円城寺と姓に変わった水森の事を、編集部の皆は名前で呼ぶようになっていた
ここ最近……打ち合わせと称して西園寺が編集部に来ていた
家で一人は淋しいと時々我が儘を言い編集部に付いて来ていた
たが、誰も文句は言わなかった
東栄社出版 小説編集部の名物と化していた
野坂知輝についで、西園寺も編集部では人気者だった
時々、編集部で野坂と西園寺が顔を合わす
「……あ、一臣」
野坂が声をかける
「知輝さん!打ち合わせ?」
「一臣は?」
「………2日も家に帰って来ないから……押し掛けた……」
「水森は忙しいんだね」
野坂と西園寺は優雅にお茶を飲んでいた
「………健は意地悪なんだ……」
「こらこら……そんな事言わないの」
野坂はお兄さんぶって西園寺に注意した
「……だって……2日も家に帰らないんだよ?」
西園寺の哀しそうな言い分に野坂は同情する
「………2日はキツいね……
脇坂は毎日家に還ってくるのにね?」
「………浮気かな?」
西園寺は不安そうに呟いた
「それはないよ!」
ズスッとお茶を啜り、野坂は西園寺を慰めた
編集部には健の怒鳴り声が鳴り響いていた
「………簀巻きにして東京湾に沈めるぞ!
出来ねぇなんて文句は聞きたくねぇんだよ!
アンタが後一日、後一日って伸ばすから俺は家にも還れねぇんだよ!
いい加減にしねぇと……シメんぜ!瀬尾先生!
俺は恋人に恨まれる羽目になるんだろうが!」
健の怒鳴り声はピークに達していた
「ほら、浮気じゃないよ」
野坂はにぱっと笑って西園寺に言った
「………原稿の取り立て……厳しすぎない?」
「水森は脇坂よりも取り立てが厳しいからね……」
野坂は笑った
「………今日も帰らないかな……」
西園寺は呟いた
野坂は西園寺を撫でた
水森は最終通告だと告げて
「これから取り立てに向かいますから!
今日は俺は帰りたいんだ!
恋人が拗ねたらアンタの所為だからな!」
『言い掛かりだよ……健……』
瀬尾はボヤいた
「何が何でも今日は原稿を取り立てるからな!」
『………解ったよ……書き上げておくよ』
「……てめぇ……書けるならとっとと書き上げやがれ!」
水森は電話を切った
電話を切ると、西園寺が背後から健を抱き締めた
水森は小さくて西園寺の腰の少し上しかない
西園寺はそんな小さな恋人を大切そうに抱き締めていた
「……あんまり怒ると血管切れる……」
「………俺は長生き出来ねぇかもな……
あんで瀬尾先生の担当者に俺なんだよ!
そもそも編集長は下りて良いと言った癖に……」
水森は毛を逆なでて怒っていた
副編集長の小野田は
「健が担当者を下りてから原稿の取り立てが出来る者がいなくてね……」
「……俺も手の掛かる作家を抱えてるんですが……」
「………背後にへばり付いてる作家様ですね……」
「なのに何で狸親父ばかり回すんだよ!
瀬尾先生はのらりくらり、坂内先生は消息不明になりやがる
逃がすかよ!行き先はリサーチ済みだってんだ!
副編、あんたも少しは働けよ!
あんで俺ばっかし厄介な作家を回されるんだよ!」
「………健……君しか取り立て出来ないので頼みますね」
「クソッ!俺は家に帰りたいんだよ!」
健が叫ぶと西園寺は抱き寄せてつむじに顔を埋めた
「………健……」副編は暑苦しい光景に声を掛けた
「何だよ?」
「………暑くて重くない?」
「俺には構うな……慣れてんだよ
離れろ一臣、俺は原稿の取り立てに行くんだよ!
お前はどうするよ?」
「今夜家に帰って来るんだよな?」
「あぁ、原稿の取り立てが出来なくても家に帰ってやる!」
「なら家に帰る……」
「一人で帰れるか?」
「…………多分……」
健は副編集長に向き直った
「副編、西園寺先生をご自宅まで連れて行って下さい!
では俺は原稿の取り立てに行ってきます!」
水森が言うと編集部からは
「頑張れ!」とエールが飛んだ
「頑張って行ってきます!」
水森はそう言うと編集部を出て行った
副編集長は西園寺を自宅まで送って行った
脇坂は野坂と共にその光景を見ていた
「………家に帰してやりなよ……」
野坂は呟いた
脇坂は「水森より原稿の取り立てが上手い奴がいなくてね……
先生方は大概水森に根負けして原稿を書き上げる
他の奴を回しても、のらりくらり交わされて……取れないので仕方ない」とボヤいた
「………あんなに小さいのに鬼か……」
脇坂は笑っていた
どれだけ疲れていても水森は家へと還る
時々、帰れない日もあるけど、そんな日でも水森は暇を見つけてご飯を作りに帰っていた
愛する男の為にご飯を作る
淋しがらせてるとは想う
でも編集の仕事が好きなのだ辞められない
この日も瀬尾利輝の原稿をやっとこさ受け取り会社へ辿り着いた
残ってた編集の奴に
「瀬尾先生の原稿……入稿してくれ」
と頼んで入稿に走って貰った
あの狸親父……
ギリギリまて書こうとしない
作家と編集者との攻防戦を楽しんでやがる
水森はヘロヘロだった
副編の小野田は健を見つけ
「お!健、お疲れ
西園寺先生は家に届けといたぞ!」
と報告した
「ありがとうございます」
「早く家に帰ってやれよ」
「言われなくても帰ります
明日は休みます
明後日は昼からしか出勤しません
この二日……寝ずに原稿の取り立てをしてたので、少し休みます」
「……ええ……構いません……」
水森は頭を下げるとヘロヘロになりながら帰って行った
見送った小野田は
「………もっとヘロヘロになるんだろうな……」と呟いた
あの西園寺の執着を見れば……
目の前の人参が帰って来るのだ……易々とは寝かさないだろう
まぁ本人達が幸せなら……それで良い
小野田は恋人に今から帰るよコールをした
「ハニー、今から還るよ!」
メロメロの小野田は愛を囁く
『還らんで良いわ!
約束破りの馬鹿野郎は!』
と冷たく謂われた
「愛してるよ」
『けっ!寝言は寝てほざいてろ!』
「そんなつれない事謂うなよ
寂しかったんだねハニー」
副編集長小野田は負けない
不屈の編集者魂を燃やして今日も恋人の為に愛を囁く
『今度ハニー言ったら殺すからな!』
「これから還るよ!
服を脱いで待っててね」
電話はブッチとブチ切れた
小野田は笑って「つれない人だ」と想いを馳せた
小野田は「それでは上がります」と言い会社を後にした
謎な男 小野田は去年離婚した
忙しすぎて妻に逃げられたのだ
そして落ち込んでいた小野田は仕事も手につかない程にショックで腑抜けになっていた
そんな小野田に救いの手があったのか、持ち直して修業後、あの光景を目にする様になったのだ
まぁ何にせよ副編集長小野田の幸せを編集部の皆は祈った
ヘロヘロになりながら水森は帰宅した
玄関を開けると西園寺が待ち構えていた
「健……お帰り」
「ただいま」
水森は西園寺にヒョイヒョイと縮む様に言い、身を屈めた西園寺にただいまの口吻けを送った
西園寺は寂しかったのか
「俺を構え…」と駄々をこねた
水森は笑って「飯食ったか?」と尋ねた
西園寺は一人の食事は不味いと水森が帰らねば食事もせずにいた
「お前が一緒じゃないのに?」
「なら一緒に食べるか」
水森を抱く手が服の中に忍び込み怪しい動きをする
「健が不足してる」
「飯食ったらな……」
「………健……」
「何だ?」
「疲れてる?」
「あぁ、疲れてるからな俺を愛して寝かせてくれ」
健が笑うと西園寺は安心した顔をした
食事が終わると西園寺は水森を抱いた
水森が気絶しても行為は終わらず水森を求めた
水森は愛する男を抱き締めていた
離さないなら生きていける……
初めて味わう想いだった
一臣……
オレの命をあげても良い程に愛してる……
水森は魘されているかのように……
そう言った
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