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第8話 決断の時
朝早く、水森は飛鳥井康太へと電話を入れた
「おはようございます
円城寺 健です」
緊張する水森の声は震えていた
康太は水森を労るように優しい声で問い掛けた
『おう!健、何時頃来るよ?』
「出勤に合わせて、そちらに向かうつもりです」
『ホテルに着いたらフロントに声をかけろ
そしたら案内して貰える様に頼んどく』
電話を切ると水森は西園寺と共に、電車とバスを乗り継ぎ、ホテルニューグランドへと向かった
ラッシュで混雑する人の波の中で白のスーツを着る2人は目立った
西園寺はモデル張りの体躯と顔をしてるから、撮影か何かあるのかもと騒がれていた
電車を下りると早足でホテルへと歩いて逝く
中華街を抜け山下公園の方へと向けて歩く
ホテルの下に着くと水森は携帯を取りだし康太に電話した
「水森です
今、ホテルの下に到着しました」
『フロントには話を通してある
声をかけてくれたら案内してくれる様になってるかんな!』
「………あの……2人で伺っても良いですか?」
『おう!構わねぇ!来いよ!』
康太と電話を切ると西園寺は水森を抱きしめた
「………健……行くか?」
「……あぁ……一緒に行こう……」
このまま……抹消されるなら2人で……一緒に……
そう心に決めていた
健は西園寺の手を強く握り締めた
「……健………」
「一臣…一緒に…」
「あぁ……」
決意を秘めてホテルの中へ入って行った
フロントに出向くと既に話は通っていて、ベルボーイに連れられて飛鳥井康太の予約した部屋へと連れられてて行った
案内された部屋はかなりのセレブリティな部屋だった
ドアをノックすると康太自ら出迎えられた
「炎帝、お久しぶりに御座います」
水森は深々と頭を下げた
「女神が来るまで寛いでてくれ」
康太に言われ水森は西園寺とともにソファーに座った
「………天帝、西園寺は別室に行ってて貰うが良いか?」
「……はい……構いません」
二人とも白のスーツに身を包み、死に装束に見えた
康太は二人の覚悟の程を垣間見た
康太は慎一を呼び出し、西園寺を別室に連れて行った
康太は水森を視ていた
「健、覚悟を決めて来たか?
オレは鬼じゃねぇと言わなかったか?」
「………炎帝……俺は……俺の役務を終える
その為だけに人の世に墜ちたのです……」
「健、難しく考えるな
一緒にいたいのなら……いれば良い
オレはお前達を引き離す気は皆無だ」
「………炎帝……」
「その話をな、総て終えた時にしようぜ
西園寺を交えて、話そうぜ」
「………はい……」
水森は下を向いた
「伊織……黒龍と銘を呼び出してくれ…」
「はい。解りました
………君は苦しまなくても良い……」
榊原は康太を抱き締めた
2人は何処までも恋人同士だった
「総て終わるまで……寝室で待ってて貰ってくれ……」
「………解りました」
榊原はそう言うと寝室に消えた
戸浪亜沙美がホテルに訪ねて来たとフロントから連絡が入った
榊原は黒龍達を呼び出すと、康太の傍に近寄った
「黒龍と銘が来ました
二人には寝室で待ってて貰ってます」
「そうか……天帝が女神の力を昇華した後、逢わせるつもりだ……」
榊原は何も言わず康太を抱き締めた
暫くするとドアがノックされた
榊原はドアを開けに行った
ドアを開けると戸浪亜沙美が立っていた
榊原は「どうぞ!」と部屋に招き入れた
ドアを閉めると亜沙美をエスコートしてソファーに座らせた
亜沙美はソファーに座る男を視た
ナリは小さいが、その体躯から底知れぬ力を秘めていた
「亜沙美、天帝だ!
お前の力を昇華する為に人の世にいる」
亜沙美は深々と頭を下げた
「宜しくお願いします」
亜沙美は覚悟を決めていた
「………始めても良いのですか?」
「はい……始めて下さい」
「痛みはありません
記憶は消える事はありません
閻魔との約束ですので、記憶は残しておきます」
「ありがとうございます……」
「では女神の力を昇華致します」
水森はスーツの上着を脱いだ
そして精神統一した
健の体躯が白い純白のオーラで包まれた時、手には神楽鈴の着いた棒が握られていた
「我が名は 天帝
再生を司る神なり!」
天帝は我が名を呼び上げた
「女神、貴方の力を昇華致します」
天帝は神楽鈴の着いた棒を高く掲げて呪文を唱えた
天帝の髪は見事な銀髪になり、足首まで伸びて、風に靡いていた
呪文を唱え、天帝は舞った
とても美しい光景だった
真っ白なオーラが女神を包む
天帝の瞳が真っ赤に光った時、閃光が走った
閃光は女神を包み……貫いた
女神はガクッと蹲った
銀髪を風に靡かせ、赤い目をした天帝が菩薩の様に微笑んだ
「総ては閻魔大魔王の望みのままに昇華致しました
貴方は女神の力はなくなりました
記憶はそのまま……奪ってはおりません」
女神は泣き崩れ……
「ありがとうございました」と礼を言った
榊原は天帝の体躯を支えるとソファーに座らせた
終わった……
役務を終えた……
水森は人の世に来た本来の目的を終えて……
それと同時に人の世にいられない現実を想った
一臣……死ぬなら一緒だ……
健は自分の心臓を掴んだ……
「天帝、ご苦労だったな」
「閻魔大魔王様からご依頼された依頼は、完遂致しました!」
水森は深々と頭を下げた
「天帝……いや、健、少し待っててくれ」
康太はそう言うと急がしそうに動いていた
別室から黒龍が出て来て水森は驚いた
黒龍は天帝だった自分の飲み仲間だった
あぁ……そう言えば黒龍は炎帝の傍に常にいた
………と思い出した
黒龍と炎帝は付き合ってると噂が流れていた
黒龍は青龍の兄だが……
複雑じゃないのか?
………と黒龍と青龍を見た
青龍は炎帝を抱き締めていた
黒龍は、そんな2人を優しい瞳で見ていた
慎一が部屋にコートを持ってやって来た
康太は水森にコートを被せた
「慎一、健を背負ってくれ」
「解りました」
慎一は水森に背を差し出した
水森はコートを被ったまま、慎一の背中に張り付いた
水森は慎一に背負われて部屋を後にした
慎一は水森を西園寺がいる部屋に連れて行った
康太と榊原は何やら急がしそうに動き回り、中々話し合いとならなかった
青龍の持つ重苦しい空気に水森は緊張しまくっていた
康太と共に榊原も部屋を出て行って
水森は息を吐き出した
「………青龍がいると緊張します……」
弱音を吐くと聡一郎は笑った
「お主は昔から青龍が苦手でしたね」
金色の髪を持つ司命と
銀色の髪を持つ天帝は、金銀と言われて仲間内では揶揄されていた
「………司命……言うな……
彼の持つ空気が好きだと言うのは炎帝位なものです」
「それは言えてる
でも、慣れだ……僕は気になりません」
「………慣れですか?」
「髪の毛……戻してあげましょうか?」
「……戻れなきゃ還れないからな……」
聡一郎は立ち上がると水森の後ろに立った
そして髪の毛を一房手に取ると呪文を唱えた
水森の髪の毛は何時もの黒髪に戻った
「閻魔の呪文で黒くしてるんですよね?
でなきゃ君も僕と同じ銀髪のままでしかいられない……」
「そう。閻魔様が人の世でも紛う事なき髪になれ……と術を施してくれました」
「君の仕事は完遂したのですか?」
「………はい。」
「そうですか……だから話があるですね」
「……だと思う」
「炎帝は恋人の仲を裂く無粋な真似はしない……」
「………それは君が仲間だから……」
「僕は炎帝に仕える者
司命 司禄は炎帝の者ですが……
彼はそんな物差しでモノを見たりはしない
我が主は愛する者と共に人の世に堕とされた
愛する者と離れたくない想いは誰よりも強い……」
水森は言葉をなくした……
そして部屋の中にいる慎一と、仕事を終えて来た一条隼人に目を向けた
「………こんな話……彼らの前でして良いのですか?」
「この男、緑川慎一は康太に仕える為に百年の時を超えて来た人間です
彼は炎帝が魔界に還った後も彼に仕えるのです
そして日本中の奴が知ってるであろうこの男、一条隼人は九曜神の孫です
お前も解るでしょ?
この男の力は……炎帝が封印してます
それでも……隠し切れてないでしょ?」
なる程……只者ではないから気にするな……と言う事なのか……
西園寺は何が起こってるのか……
全く理解出来ず不安だった
「西園寺一臣さんですね!」
聡一郎は声を掛けた
「うちの隼人が演じられる様な作品を書いて下さい!
どうです?うちの隼人
創作意欲を掻き立てませんか?」
聡一郎はそう言い笑った
そんな事言われても……西園寺は困った
「僕は西園寺一臣の書く世界観も物語も好きです
なので、うちの隼人を使って欲しいと言う欲目もあります」
「………一条隼人……よく知らない」
「なら知って下さい」
「………はい。」
西園寺は成り行きで何故そうなるのか判らなかった
不思議な事ばかりあって……
頭が着いて行かない……
急がしそうに動き回っていた榊原と康太が戻って来た
そしてソファーに座り、水森と西園寺を見た
「………天帝……」
「……はい!」
「ご苦労だったな、閻魔に変わって礼を言う」
「……勿体なきお言葉……」
「で、本題だ」
「はい!」
「お前、西園寺の事、愛してるだろ?」
え………‥水森は康太の顔を見た
「答えろ天帝」
「‥‥愛してます」
「なら今世は人の世にいろよ!
別に女神の力をなくして使命を完遂したからと言って、んなに急いで還らねぇといけねぇ事じゃねぇ!
しかも二人して死ぬ気だったのか?
オレはどんだけひでぇ神なんだよ!」
「……炎帝……役務が……完遂した以上は…」
「なら還るのかよ?」
水森は下を向いて黙った
「我が兄 閻魔は、んなにひでぇ奴かよ?」
「……そんな事は想ってもおりません…」
「黒龍、閻魔から預かった手紙、天帝に渡せよ」
黒龍は立ち上がると手に、閻魔からの封書を出した
「この封書は読み終えた時点で消滅する
一度きりだ、頭に叩き込んどけ」
そう言い封書を水森に渡した
水森は封書を受け取り、封を開けた
そしてルーン語で書かれた文字を読んだ
西園寺が覗き込んだけど、何が書かれてるのか、さっぱり解らなかった
水森が総てを読み終えると……封書は跡形もなく消えてなくなった
黒龍は水森の前に立つと
「閻魔大魔王は弟の炎帝に甘いんだ
弟からお強請りなんてされたらな……何でも聞いてしまうんだ……
そして炎帝は兄の閻魔を上手く使うのに長けてる
炎帝程に慈悲深く、情け深い神はいない
破壊神と言う奴はいるがな……
今は伴侶と言うストッパーを得て、誰よりも慈悲深いんだ!覚えとけ!」
黒龍の言葉に水森は頷いた
康太は西園寺と名を呼んだ
「……はい」
「健と何時までも仲良くな
健の力は人の世では不要
貴正にも伝えといた
唯の人になると良い
お前は唯の人の健を愛せるか?」
「愛せます!」
「なれば、オレが封印してやろう!
神を封印するんだからな……ちとばかし力を使う事にする」
康太が言うと榊原は心配した顔をした
「心配すんな伊織
ちとばかし古き血を呼び起こす」
「……皇帝炎帝になられるつもりか?」
「どれもお前のモノだろ?」
「ええ。どんな君でも愛してます」
榊原はそう言い康太に口吻た
「少し目を瞑れ……伊織…」
「目を瞑ります
その変わり病院には行って下さいね!」
「……解ってる……」
榊原は康太を強く抱き締めた
健は聡一郎に「……炎帝は何処か悪いのか?」と問い掛けた
「君も見れば解るでしょ?
神の力そのままで炎帝は人の世を生きてる
それが人の体に……影響を及ぼしてるんです
康太は……長生きは出来ないでしょう
幾度転生しようとも……炎帝は早死にしてます……」
健は言葉を失った
「………そんな……」
命を削って……力を封印してくれると言うのか……?
健は信じられなかった
康太は健の前に立つと「良いか?」と問い掛けた
「………君の命を削ってしまう……」
「西園寺といてぇんだろ?
なれば不要な力を封印して一緒にいろよ」
「……そんな事したら……君が……」
「気にするな!
総ては定めの上に成り立ってる理だ!」
康太の体躯を真っ赤な炎が包み込んだ
康太の髪が腰近くまで伸び……
炎の様な真っ赤な髪になった
目も炎の様な赤になり……
体躯は燃えたぎる焔で包まれた
「我が名は皇帝炎帝!」
康太の手には……見た事もない真っ赤な剣が握られていた
真っ赤な深紅の衣装に身を包み……
何処から見ても飛鳥井康太ではない存在になっていた
真っ赤な瞳で見られると……
その身がチリチリ焼ける想いがした
「天帝、お前の力を封印してやろう
お前の命が尽きた時、力は解放され元に戻る
暫しの間……人として生きろ天帝……」
健は深々と頭を下げた
皇帝炎帝が呪文を唱えると、健の体躯は焔に包まれた
熱くはない
視界が………真っ赤になった
西園寺は慌てて止めに入ろうとして、黒龍に止められた
「動くな!皇帝炎帝が命を張ってるんだ
お前達の為に……アイツは自分の命を削ってるんだ!」
黒龍に言われ…西園寺はその場に項垂れた
こんな真っ赤な焔に焼かれたら……
健は死んでしまう……
西園寺は泣いていた
皇帝炎帝は優しく微笑むと
「天帝……人の世を全うしろ!」と言い抱き締めた
健はガクッと崩れると……皇帝炎帝は焔を沈めた
「お前の力は封印した
その封印、オレが死んだ程度では解放されねぇかんな……」
「……炎帝……」
「………悪ぃ……力を使いすぎた……」
康太は倒れそうになった
それを榊原が素早く抱き締めた
「………康太……」
「心配するな……オレはまだ逝けねぇ…」
「当たり前です!
魔界に直接入るだけでも力を使ってるというのに……
この体躯で……皇帝炎帝になれば限界は簡単に超えます」
「………少し疲れた……」
康太は榊原に抱き着いた
「眠って構いません……」
「……伊織……愛してるかんな……」
「僕も愛してます
だから眠りなさい
帰りは病院に寄ります」
康太は頷いて……意識を手放した
聡一郎は榊原を心配そうに見た
「………康太は……無茶ばかりします」
聡一郎は悔しそうに呟いた
「………天帝の……神の力を封印しようなんて事……皇帝炎帝にしか出来ません
僕達が逆立ちしても……神の力は封印は出来ませんからね……」
「………それでも!………無茶ばかり……」
聡一郎は泣いていた
榊原は康太を抱き締めたままソファーに座った
真っ赤な長い髪が……力なく床に落ちていた
慎一は康太の体躯にブランケットを掛けると、康太の赤い髪をソファーに乗せた
主の髪一本たりとも床になど置きたくはない
その思いで一杯だった
一生が銘と共に聡一郎の借りた部屋に戻って来た
力なく寝ている康太に、一生は慌てて康太の前に座った
「………何があった?」
康太の真っ赤な髪を、手にして……
一生は口吻た
榊原は一生に事の経緯を話した
「………天帝の力を封印したのですよ
神の力を封印できる神など魔界にはいません
康太は自ら……皇帝炎帝となり天帝の力を封印したのです」
一生は悔しそうに康太を抱き締めると……
「………自分の命を削って……進みやがる
見てねぇと……止める事も出来ねぇじゃねぇかよ!」
「……炎帝の愛です……見ていても止められはしません……」
「………それでも!……俺は止める……
無駄と解っていても……俺は止める…」
「……一生……」
榊原は一生の頭を撫でた
「皇帝炎帝まで出したんだからな!
天帝!てめぇ、誰よりも幸せにならなかったら!
俺が殴りに行くかんな!」
一生は健に叫んだ
健は「………幸せになるよ」と約束した
「西園寺一臣!てめぇもだぞ!」
一生に言われて西園寺も約束した
「絶対に幸せにする!約束する!」
と約束した
「……円城寺 健」
榊原は問い掛けた
「はい!」
「君の逝く道が穏やかな日々で在ります様に……願っております」
健は深々と頭を下げた
「ありがとうございます……」
健は泣いた
こんなに辛い恋人同士と言うモノを見た事はなかった
刹那の時を刻む恋人同士を目にして……
健は恵まれてる自分達を思った
総ては……炎帝に許されて遺された……
炎帝の無償の愛だった
命を削りながら…
それでも炎帝は生きて逝く
それを支えて見守っているのは青龍
気難しい堅いガチガチの石頭だと想っていた
だが……炎帝を愛し
魔界での地位を捨てて炎帝と共に人の世に墜ちた
全身の愛で炎帝を支えて見守っている
刹那の愛を刻んでいる
健は榊原の前に立つと
「………この命、魔界に還った暁には炎帝の為に使いたいと想っております
炎帝と共に……炎帝の為に散れるのなら本望で御座います」
と申し入れた
榊原は「乱世の世を共に逝っても良いと言うのか?」と問い掛けた
「炎帝と共に!
そう思っております
我が主は閻魔大魔王でした
………が、我が主 炎帝様とさせて戴き命尽きるまでお側にいとう御座います」
「………では共に逝って下さい」
「はい!」
「だが今は人の世を悔いなく……生きて下さい」
「………心に刻んで日々を生きます」
「愛する者を離さないで……」
「はい!」
「………そしたら炎帝が来世も……共にいさせてくれるかも知れません
我が妻は恋人同士には寛容なのです」
榊原はそう言い笑った
魔界では見た事のない優しい笑みだった
許されて……
護られて……
今世は人として生きよ……と謂って貰った
健と西園寺はホテルを後にした
信じられない想いで一杯だった
2人で死のうと決めていたのに……
健と西園寺はタクシーに乗り込み家に帰った
自宅に到着すると、鍵を開けて家に入った
玄関を入った所で健は西園寺に抱き締められた
「………健が……何処か遠くへ…
行っちゃう気がして……怖かった」
「オレは何処にも逝かない
炎帝がオレに人の世の時間をくれた」
「………死ぬまで一緒にいてくれる?」
「あぁ……死ぬまで一緒だ……」
「………健……凄く疲れた……一緒に寝ようか?」
「あぁ、寝よう
オレも疲れた……」
健と西園寺は寝室に行って眠りについた
2人抱き合い
互いの熱を感じて
眠った
明日も
明後日も
十年後も
二十年後も
命ある限り……共にいたいと想った
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