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 俺たちは、17:00きっかりに解散した。  本当は途中まで同じ電車だったけど、1本ずらした。  もちろん、見送られるのは名残惜しくて、ここに来る前の考え方だったら、『もっと一緒に居たい』『帰りたくない』『ギリギリまで同じ電車で』と甘えていたと思う。  でも、それはしないことにした。  いままで以上にいままで通りの自分でいて、何の疑いの余地もないように嘘をつかないといけない。  でもいまはもう、それに苦しみは感じていなくて、それが、あきと俺の平穏の守り方だから。 「ただいま」  家に着いたのは17:50、帰る予告の10分前。  ちゃんと約束を守った。  母親に何か言われるかと思ったけど、普通におかえりと言われて終わった。  自室にリュックを置くと、予備校のクリアファイルを持ってリビングに降りて行き、PCの電源をつけた。 「プリンター使っていい?」 「いいよ。紙ある?」 「ある」  博物館のページを開き、館の概要と今回の展示の説明をプリントアウトして、シャットダウンする。  裏返して、小論文用の原稿用紙が入ったクリアファイルと共に、適当にテーブルの上に置く。  そしてトイレへ……行ったフリをして、廊下に隠れた。  案の定、母親はプリントした紙を表に返して、チラッと見た。  まんまと引っ掛かったと思う自分と、本当に信用されていないんだなという残念な気持ちと、母親が人のプライバシーに何も配慮しない人格なのだと確定して落ち込む自分が、複雑に折り重なった。  なんだかんだ、失望している。  リビングへ戻る。 「博物館、誰と行ったの?」 「重田」 「へえ。男の子ふたりで博物館なんて、楽しいの?」 「別に楽しくはないよ。課題に付き合っただけだし。でも俺もちょうどネタ切れしてたから、便乗して書くことにした。じゃあね」  机の上のものを集めて、自室へ。  いすに座ってふうっとため息をついたあと、スマホを開いた。  あきに、着いたよとメッセージを送る。  母親のことは――迷ったけど、書かないことにした。  何もかも報告する必要はないと思うし、これは自分の問題だから。  いままでは、たまに電話したりしてたけど、それもやめることにした。  元々、家で個人的に電話をするような仲の友達はいない。  休みに何人か家に呼んで、夜通しゲームをするなんてことはたまにあるけど……受験生だからそれもだんだんなくなるだろうし、それで個人的に誰かと電話してたら、不自然だ。  全ての不自然を、もぐらたたきのように潰しながら生活する。  ぐるぐると、自分のこと、家のこと、学校のこと……あれこれ考えていたとき、あきから返事が届いた。  トンとタップすると、ふきだしに一言。 [今度、写真撮ろうね] 「あ……」  うれしかった。  あきだってちゃんと寂しく思ってくれてて、全部が全部うしろめたいわけでもないんだ。  きっと、マスクかスタンプで思いっきり顔を隠したツーショットになると思うけど、それはそれでいいと思った。 「髪切ろ」  いつも通りの長さに。 <2章 嘘 終>

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