17 / 80

3-1 指輪

 現国の先生が、忌引きで3日間休みになった。当然、代わりの先生が来る。  きのう、きょうは、教頭先生だった。  そしていま俺は、自室でゴロゴロしながらスマホを見て、どうしたものかと考えている。  あきからメッセージだ。 [あしたの現国、三船が担当だって]  他人事のような文面だけど、他人事にしてしまいたいのか、はたまた、上からの命令をあきらめ気味に報告しているのか。   「はあ……」  神様の試練だ、なんて聞こえの良いことを言ってみようかと思ったけど、無理だ。  休んじゃおうかとも考えたけど、それはたぶんあきに怒られるから、しないでおく。  幸いなことに、俺の席は窓際の後ろ側だし、あきは俺を目に入れなければいい。  俺はちゃんと勉強すればいいだけの話だ。  大丈夫、目立つことをしなければ。  立ち上がり、カバンから教科書を取り出して、机に向かう。  集中できなくて授業がまるっきり頭に入らない可能性もあるから、予習をすることにした。  ざーっと本文を読み、適当なルーズリーフに要点を抜き書きしながら、波線だの矢印だのを次々引っぱる。  知らない言葉の意味を調べてメモし、危うい漢字は10回書き、この話の解釈について書いた書評やブログ、質問サイトなどをいくつか読む。  大丈夫、国語は得意。95点以下は取ったことない。そうだろ?  30分以上経ったのに、妹はまだお風呂から上がらない。  手持ち無沙汰でぶつぶつと教科書を音読し始めたところで、ようやく階下から「上がったよー」という声がかかった。  お風呂には、大きな鏡がある。  映っているのは、どこにでもいる高校生だ。  髪は染めたことがないし、ピアスなんてもってのほか。眉くらいはちょっと整えるけど。  まじまじ見ても、普通の高校生。  成績は良い。友達はほどよい人数。前回の模試ではA判定を取った。運動は普通。  そして、男の先生と付き合ってる。  あきの裸を想像してしまって、自分の頭を叩いた。 「バカ」  つぶやいてお湯を頭からかぶったけど、目をつぶったらやっぱりあきが浮かんでしまう。  あきは着痩せするタイプだ……と言ってももちろん太っているわけではなくて、脱ぐと意外と筋肉質なのだ。  色も白いし優しい顔立ちだからそうは見えないのだけど、つくべきところにしっかりついている感じ。  中高と、陸上部で短距離走者だったと言っていた。  本当は陸上部の顧問をやりたかったけど、他にできる人がいないからという理由で、パソコン部に回されてしまったらしい――土日が潰れないおかげでデートできるから、他の先生がポンコツで助かった。  高校生のあきが、体育祭の徒競走で、ぶっちぎりの1位を取るところを想像する。  顔もカッコよくて先生になるほど頭が良くて優しくって、それで運動神経もいいなんて。 「モテただろうなあ……」  モテないわけがない。一体、どれだけの女の子たちが泣いたのだろう。  湯船に浸かりながら、心底あしたが憂鬱になった。  教室がどうなるか、見なくたって分かる。

ともだちにシェアしよう!