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 2限目のあとの中休み。  クラスが、特に女子が、明らかにそわそわしていた。  メイク道具を広げて鏡をのぞき込んだり。  どれだけやっても、残念ながら三船先生は別の誰かのものですよ……とテンション低めに思ったりしたけど、女子はたぶんそういう問題じゃないんだ。  かっこいいひとがいたら可愛くする。シンプルな話だ。  チャイムが鳴る少し前、あき……三船先生が教室に入ってきた。  女子たちの温度が急に上がり、あちこちでヒソヒソ声が聞こえる。 「あっ三船先生きた」 「やば、マジで超イケメン……!」  三船先生は教壇に教科書とバインダー、タブレットPCを開いて並べた。  真顔で、てきぱきと準備をしていく。  表情ゼロでも温和な雰囲気が出てるから……なんて、危うく見惚れるところだった。  でも、最近はスーツ姿で会う方がレアだから、ピシッとしたジャケットを着て姿勢良くまっすぐ立つ背中は、惚れ惚れしてしまう。  隣の席から、女子3人の会話が聞こえてきた。 「凛、三船先生好きらしいよ。かなりガチで」 「えっ、そうなの? 接点なくない?」 「外見から入ってほんのり好きで、なんか用があって話したら超優しくて好きになったって言ってた」 「告るのかな?」 「卒業式に言うって」  卒業式は、三船先生とあいさつしたり写真撮ったりは無理かもな、と思った。  ずっと呼び出されっぱなしかも知れない。  チャイムが鳴った。みんながガタガタと椅子の向きを整える。 「それでは、授業を始めます。きょうは安村先生がお休みですので、代理で2年の三船が担当します。よろしくお願いします」  頭を下げるとさらっとした髪が揺れて、それだけで胸がキュンとしてしまった……。  男のくせに何言ってんだと思いながら、教科書を開く。 「一応範囲は安村先生からうかがっていますが、まだ習っていないことや、もうやったことがあったら、すぐに教えてください」 「はーい」  女子の何人かが答えた。  評判どおり、三船先生の授業は分かりやすかった。  まず、声がよく通る。  それから、字が大きくて綺麗。とてもノートを取りやすい。  各自ノートに書く問題のときは、机の間をまんべんなく見て回り、手が止まっている生徒にはヒントを与える。そのときの先生が……  顔が近い。  ノートに指を差して教えるから仕方ないんだけど、明らかに女子が、先生が来そうなタイミングで分かんないふりをしている。  雑念を振り払い、文章を直す。  最後に俺の列まで来たけど、何のそぶりも見せず、ゆっくりと過ぎ去っていった。  教壇に戻り、黒板にいくつかの項目を書いて、教室を見回した。 「それでは、みなさんが何を書いたのか、教えてもらおうと思います。まず、主人公目線で書いたひとは手を挙げてください」  挙手したうちの何人かを、PCの名簿を見ながらあて、内容を箇条書きにしていく。 「では最後、少女視点で考えたひと」  しまった。人数が少ない。3人しか挙げなかった。  この話全体のキーはこの子の言動だから、これが多分正解に近いのだけど……それに気づいた生徒が少なかった。 「3人ですね。では、全員いってみましょうか」  三船先生は平等だ。  でも、俺を2番目に入れてくれたのは、ありがたい。 「……ここは隠喩になっていて、本当に作者が言いたかったのは……」  正解してしまっていいのか分からなかったけど、あえてハズすのもどうかと思って、正直に答えた。  三船先生は、「はい、分かりました」と言って、黒板に要点をまとめた。  俺は目立つこともなく、というか、ひとりも『正解者』として取り上げることもなく、授業は進んだ。  みんな集中していて、もちろん、いつもと違う先生だからだらけていないというのもあるけど、それにしてもみんな、先生の話をよく聞いている。  要するに、三船先生の授業の進め方は、とても分かりやすい。  学年が違ってほっとした反面、1年間この授業を受けたかったなと、もったいない気持ちにもなった――安村先生の授業はほぼ書き写すだけのつまらないものだから。  チャイムが鳴る。 「それでは授業を終わります。お疲れさまでした。5分くらいはここにいますので、分からないことがあったら聞きに来てください」  女子が、瞬発力で立ち上がる。  示し合わせることもなく仲の良いグループがいくつか一斉に立ったから、ちょった面白かった。  横にいた女子たちが、何か話している。 「三船先生の話、超分かりやすかったねー」 「あと目の保養」 「うん。マジで癒された」 「なんかいいにおいしたよね」 「あー分かる。お花系」  脳内で『俺も分かります』と同意しながら、教科書とノートをばさばさとまとめ、カバンに戻す。  前の席の山崎がこっちを振り返った。 「三船の授業良いな。ポニョ村じゃなくて永遠に三船がいいんだけど」  冗談めかして笑う山崎に、あいまいな笑顔を返す。 「きょうで三船ファン増えたな」 「だろうね」  昼休みに、2階までわざわざ降りていって三船先生を追いかけ回す3年女子を想像した。 「ドラマの俳優みてえ。イケメン教師」 「うん、いそう」  先生、早く教室から出て下さい。

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