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5-1 心配
新学期、念願の席替えが行われた……にも関わらず、最悪な状況は変わらなかった。
廊下側の最後尾。
そしてその隣は、1学期の間じゅう俺を悩ませ続けた女子3人のうちの、別の1人だった。
他のふたりは教室の真ん中らへん。
当然のことながら、おしゃべりしやすい、俺の隣に集まっている。
また聞きたくもない話を聞かされるのか……。
憂鬱になっていると、早速、聞き捨てならない会話が出てきた。
「凛、告るって」
「えっ、マジで?」
「相談したいから昼休み来るって言ってた」
散々話題に出ていた、三船先生のことが好きだという女子だ。
3人の噂話でしか聞いていなかったからどんなひとなのかは知らなかったのだけど、ついに本人の登場。
どんなひとなのか、関係ないと分かりつつも、気になってしまう。
予告通り昼休みにやってきたのは、ショートカットで華奢な子だった。
ひたすら明るい3人とはちょっと違う、明るいけど、利発そうな感じ
でも、『思い詰めている』と話していた3人の言うとおり、発言のひとつひとつがどこか自信なさげだった――聞きたくないと言いつつ結局聞き耳を立てている自分は、率直に言ってバカだと思う。
「三船先生と話すタイミングとかあるの?」
「日常では機会がないから、呼び出すしかないと思う。来てくれるかな?」
「用があるって言えば、断りはしないでしょ」
「でも、生徒に告白されるの、慣れてそう。好き避けされないかな」
おっしゃるとおりで、三船先生は『教員生活6年目ともなると、さすがにパターンが読めてくる』と言っていましたよ。
頭のなかで教えてあげても、意味はない。
「あのさ、凛。もう1回よく考えよう? 三船先生、彼女いるじゃん。指輪してたとき、『普段は学校につけてこないようにしてる』って言ってたけど、それって裏を返せば、学校以外ではずっと大事につけてるってことじゃん」
「うん。分かってはいるんだけどね……」
「何も言わずに忘れられれば、それが1番いいと思うけど」
一時期は『告らせるしかない』みたいに盛り上がっていた3人だったけど、やっぱり、いざ実行するとなると、引き止めざるを得ないのだと思う。
「忘れようって何度も思ったけど、やっぱり忘れられないんだ。先生の口から直接ダメって言われないと、止まらないんだと思う」
「凛が傷つくだけじゃない? 卒業まで気まずい思いするし」
3人は真剣に止めようとしていたけど、本人は頑なだった。
こんな気持ちのままじゃ、受験に集中できない……というのが、最大の理由らしい。
「分かった。あたしたちは、勇気出すとかそういう感じでしか力になれないけど、言ってくれれば協力するよ」
「ありがとう」
最悪だ。
こういうときに女子の結束がものすごく強いということは、何となく知っている。
土曜日のデート。俺のリクエストで、牛丼屋にいる。
カウンター席で注文の品が来るのを待ちながら、意を決してこの話をすることにした。
「三船先生、近々3年生に告られるらしいよ」
突然切り出すと、あきはまん丸く目を開いた。
「えっと、それはどこ情報?」
「隣の席の女子」
「ああ、例の……」
あきは、苦笑いした。
「別に心配してないよ」
「うん。無難に終わらせるから、安心して」
「あ、でもやっぱり心配かな」
「えっ?」
慌ててこちらをのぞき込むあきを見て、ぷっと笑ってしまう。
「あきの身の危険を心配してる。思い詰めて刺されたりしない?」
「あー……」
冗談で言ったつもりだったのに、あきは遠い目をした。
「え、刺されそうになったことあるの?」
慌てて聞くと、あきは「まさか」と言って笑った。
「でも、付き合ってくれないと死ぬと言い出した子とか、あとは無理矢理キスしようとしてきたこともあったかなあ」
「え……」
想像以上の修羅場をくぐり抜けてきたと分かり、驚き半分、同情半分。
「あきってさ、生まれてからいままでで、何人くらい告白されたの?」
「ええ? そんなの数えたことがないから分からないよ」
困ったように笑う。
でも、弁明したのか本当に分からないのかは不明だけど、とりあえず、数えられないほどあったのだということは分かった。
「あきはかっこいいもんな。もし俺が女子だったら……」
と言いかけて、自分が言ってることが何なのかに気づいて、かーっと耳が熱くなった。
何が女子だったらだ。
女子じゃなくても好きになっちゃって、女子じゃないけど付き合ってるのに。
しかも自分から告白したわけでもなく、あきに問い詰められて。
あきは、くすくす笑いながら俺の頬をつついた。
「深澄、可愛い」
何も言えなくなってしまう。
「本当に、心配しないで? もちろん何もしないし、無難にことをおさめる方法もパターン化してるから」
「うん、大丈夫。心配してないよ」
嘘。話す前より心配になってしまった。
無理矢理迫られたら、あきはどうするんだろう?
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