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集めなくても着々と情報は集まり、火曜日の放課後、つまりあした決行するのだということが分かった。
三船先生は火曜日に必ず国語の教材室に行くので、3階で話せるチャンスなのだという。
そういえば俺が最初にあきに話しかけられたのも、教材室に行こうとしていたところだったっけ。
凛という子は、教材室の隣の6組らしい。
そこで待ち伏せして、教室のなかで告白するという作戦。
女子3人は、5組で待っているらしい――俺たちは1組なんだけど。
「どうしよ……」
知ってしまったものの、これをあき本人に言うべきか言わざるべきか、悶々 としていた。
寝る前のベッドのなか。
何度もスマホを開いて、空っぽのトークルームに入力しかけては、やめて消している。
かれこれ30分。
いい加減寝ないとあしたに障るのだけど。
あきのためには、忠告しておいた方がいいのだろうか。
色々考えたけど、下手に言って意識させちゃって、結果仕事の邪魔になったら元も子もないし、もしかしたらやっぱりやめるかも知れないから、不確実なことは言わない方がいいと思った。
知っていながら黙っているのは少し忍びなかったけど、本人に言うことじゃない。やめた。
「寝よ……」
布団を頭まですっぽりかぶって、それでも寝付けたのは1:00近かった。
俺は、バカだ。特に、あきに関することだと、本当にバカだ。
知ってるけど、バカも承知で俺は決めた。
凛さんというひとがあきに告白する現場を、盗み見ることにする。
教材室側の上り階段は、絶妙に6組が見える。
しかも、3段上がって踊り場に行けば、姿が見えない。
まるでストーカーだと思うし、あとであきに笑われるかも知れないけど、気になるものは気になるから仕方ない。
凛さんが告白しないと受験に集中できないように、俺はあきが断るところを見ないときょうの予備校に集中できない。
……と、頭のなかでバカげた言い訳をしつつ、緊張したまま、いま、帰りのホームルームが終わるのを待っている。
チャイムが鳴り、みんながゾロゾロと帰っていく。
隣の女子たちはそわそわしていて、俺は無駄に机とロッカーを行き来して何かを探すフリをしながら、凛さんが合流するのを待っていた。
「お待たせ……」
現れた凛さんは、いつものショートカットがつるっと綺麗に内巻きになっていて、少しほほやリップが赤いメイクなような気がした――男だから、詳しいことはよく分からないけど。
「大丈夫? やめてもいいよ?」
「ううん、もう言うことも決めてあるから」
凛さんは、緊張しているけれど、腹を決めているようにも見えた。
恋する女子は強いんだなと思う。
5組なら、壁に張り付けば会話が聞こえる可能性がある。ただし、様子は見えないだろう。
一方階段は、たぶん姿は見えるけど、会話は聞こえない。
でもまあ、何を話していたのかなんていうのは、あきからあとで聞けばいいんだ。
ただ、凛さんが突然あきに抱きついたりしないかを見て、怪しい動きがあれば偶然を装って通りかかろう……という。
バカだ。知ってる。
全教室が完全に誰もいなくなったところで、凛さんは6組に、3人は5組に移動した。
俺はもう、階段に居る。
ふと、三船先生がこっち側の階段から上がってきたら鉢合わせるなと思い、絶望的な気分になった。
こっちから来ませんようにと、かばんにつけた厳島神社のお守りを握りしめる――学業成就のお守りなのに。
すると、向こう側の廊下から、誰かの足音が聞こえてきた。
ちょっと早歩き。三船先生かも。
体を固くしていると、女の子の声が聞こえた。
「あの」
凛さんだ。呼び止めた。廊下の声は聞こえるらしい。
「三船先生」
「はい、なんでしょう?」
「ちょっと話したいことがあるんですけど……」
ふたりが教室に入ってくれないと、様子を見ることができない。
声だけ聞く。
「僕に?」
「はい。ちょっと相談があって。いま話せますか?」
「もちろん。どうしようかな、そこの教室でいい?」
「はい、ありがとうございます」
ぬっと首だけ出すと、ふたりが6組に入っていった。
3段下がって、教室のなかをのぞく。
三船先生は、教室の真ん中あたりの席に荷物を置いて、いすを引いて凛さんを座らせた。
あんなエスコートするみたいな……かっこいい三船先生があんな紳士的なことしたら、ますます好きになっちゃうじゃないか。
三船先生は天然モテ男なのかも知れないと思い、軽くめまいを覚える。
三船先生は、机を挟んで向かい側に腰掛けた。
うつむいてしまった凛さんを、声をかけるわけでもなくただじっと待っている。
すごく優しい顔で、先生っぽいなと思う反面、そんな優しい目で好かれてる女子を見ないでくれとわめきたくなる。
あきは『無難に終わらせるパターンがある』なんて言い切っていたけど、本当なのか疑わしい。
本人だけが無難に終わったと思っているだけで、相手は全然好きなまんまなんじゃないかとか……あー、そんな顔して女の子をのぞきこまないで本当に。
凛さんが少し顔を上げて、三船先生の顔を見ながら、ゆっくりと話し始めた。
遠目に見ても分かる。顔が赤い。
三船先生は、穏やかな顔のまま聞いていて、たまにうんうんとうなずいている。
ひととおり話し終えた凛さんは、あごを引いて、おそるおそるといった感じで、三船先生の表情をうかがっていた。
用意したセリフは言い切ったのだろう。
三船先生は、小首をかしげた。
何かをたずねている。それに対して凛さんはこくりとうなずいて、短く答えている。
それを3度ほど繰り返す。
さくっと断って終わらせればいいのに、どうして長々話しているの……。
思わずうなだれる。が、様子が気になるので、すぐに顔を上げる。
三船先生は、なんだかはにかんでいるように見えた。
凛さんは一生懸命何かを訴えていて、もしかしたら、三船先生が照れてしまうくらい好きなところを言いまくっているのかも知れない。
あきは、ほめられるとちょっと恥ずかしそうな顔をする。
……と、学校内で普段のあきを思い出してしまったことに、絶望した。
違う、これは三船先生だ。
頭のなかの自分に、訳の分からない叱責をする。
ふたりの会話は長い。途方もない時間に思える。
ふと、もしかして、三船先生は苦戦しているのではないかという気がしてきた。
必勝パターン的なものがあると聞いていたから安心していたけど、凛さんは相当思い詰めているようだった。
下手に断れないのかも知れない。
もしかして、ここは俺がふいっと通りかかって、助け舟を出した方がいい?
本気で行こうかと思ったところで、凛さんが立ち上がった。
ぺこっと頭を下げる。
三船先生も立ち上がって、凛さんのいすと自分が座っていたいすをしまい、荷物を持った。
凛さんがドアのところに行き、ひとことなにか言って、もう1度頭を下げて、教材室とは反対側の階段に向かって歩き出した。
三船先生は姿が見えなくなるまで見送ったあと、教材室に入っていった――俺は死ぬほど焦って階段を上がった。
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