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予備校の授業が終わった。時刻は20:00すぎ。
校舎を出たところで、あきに電話をかけた。
「もしもし」
『あれ、深澄。電話なんて珍しいね。どうしたの?』
「……ごめん。すごいごめん。すごいあきに謝りたいことがある」
あきはちょっと黙ったあと、不思議そうな声で聞いた。
『なんだろ、謝ること?』
「きょう、3年の女子に告白されたでしょ」
また沈黙。
『うん、された。断った』
「あ、断った? よかった。いや、そうじゃなくて……ごめん。ふたつほど謝らなければならないことがあります」
『だから、なあに?』
あきは、少し笑っている。
「まず、あの子がきょう告白するつもりだって、知ってた。けど言わなくてごめん」
『それから?』
「………………見てた。ごめん」
『え!?』
聞いたこともないような驚いた声。スマホのスピーカーが音割れした。
『見てたって? いつ? どこから?』
「最初っから、教材室側の階段で。すいませんすいません気持ち悪くてすいません」
平謝りすると、あきはあははと笑った。
『えー、見られちゃったの? 恥ずかしいなあ。内容は? 聞こえてた?』
「いや、聞こえてない」
『ならよかった』
「え? 聞かれちゃまずいようなこと話したの?」
冷や汗がさーっと流れる。
『うーんと。受験生さんごめんね。平日、どこかで会えない?』
「え?」
意外すぎる提案。
「えっと、あさってならいいよ。木曜は1コマ早く終わるから、いつもはそのあと自習室に居るんだけど。って言っても終わるの19:30くらいだし、離れた駅まで移動するとちょっとかかっちゃうけど、いい?」
『車で迎えに行くよ』
「わざわざいいの?」
『僕のわがままだから』
あははと笑う。
あきは電車通勤だから、19:30に車でここに来るには、必死で仕事を終わらせて定時に上がって、ダッシュで家に帰ることになるだろう。
それを想像すると……なぜか、とても大事にされている気がした。
『じゃあ、あさってね。近くに着いたら連絡するから』
「うん、じゃあね」
完全に棚ぼただけど、あきに会える。
早くあさってにならないかな、と思った。
翌日、学校へ行くと、隣の女子たちが暗い顔をしていた。
「まあ、当たり前の結果だけど……なんか、大丈夫かなあ」
「きのうの夜メッセージ来て、2〜3日は引きずるかもだけど、切り替えて受験モードに集中するって言ってたよ」
「でもさー、正直、正直ね?」
女子のひとりが、嘆くように言う。
「あんな扱い方されちゃ、好きになっちゃうよねー。あたしもちょっと無駄に胸キュンしちゃったもん」
「あー。まあ、言いたいことは分かるよ。断り方も優しいとか残酷だよね」
「まずさ、三船先生って、声がいいんだよね声が。優しすぎ。しゃべり方も。断ってんだか惚れさせてんのか分かんない感じ」
……やめてくれ、と、死にたくなった。
あんな扱いってなんだ。
残酷なくらい優しいって、一体どんな断り方をしたんだ。
あと、声が良いのは完全に同意するけど、学校で思い出してはいけないことが次々とよみがえってくるから、本当にやめてほしい。
「でもまー、やっぱしょうがないよ。清々しいほどきっぱりだったじゃん。断り慣れてそう」
「凛、どうするんだろうね、卒業まで。学年違うって言っても、顔は合わせるじゃん」
「三船先生は、いままでどおりにしてって言ってたけどねえ」
――ガタンッ!
「うわ!」
「えっ、成瀬くん!? 大丈夫?」
「あ……ごめん。平気」
盛大にいすから転げ落ちそうになったところをすんでのところで踏みとどまり、そして、女子たちに心配されてしまった。
何やってんだ俺は。
チャイムが鳴り、会話は終わった。
心臓がもたない。早くあしたの放課後になって欲しい。
三船先生と凛さんが何を話していたのか……聞かないと、もうやってられない。
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