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 英文法の授業は、全くと言っていいほど頭に入らなかった。  これからあきに会えるといううれしさと、何を聞かされるんだという不安で、どうにかなりそうだった。  エレベーター待ちでスマホを開くと、メッセージが入っていた。  裏側の高架下に停めているらしい。  たしかにあそこなら人通りも少ないし、目立たない。  校舎を出た瞬間、走って駅とは反対方向へ。ハザードを()くシルバーの車を見つけた。  窓をノックし乗り込むと、うれしそうな顔をしたあきが迎えてくれて、「おつかれさま」と言って、車を出してくれた。 「どこへ行くの?」 「制服でお店に入ったら目立っちゃうからね。どこかコインパーキングに停めて話そうかなと思うんだけど」  しばらく走ったところで、県道沿いに、3台しか止められない小さなコインパーキングがあった。  前向き駐車でつっこむように停める。  これなら目の前は壁なので、誰にも見られない。 「あー……と、まず、ごめんね。色々」  俺が切り出すと、あきは頭をなでてくれた。 「どうして謝るの?」 「だってのぞき見とか、趣味悪すぎ」 「気になったんでしょ? しょうがないじゃない。全然気づかなかったからびっくりしたけど」  大変気まずく目をそらすと、あきは目をそらした方にずいっと顔を近づけた。 「何から聞きたい?」 「んーと、全部。何話してたの?」  あきは、くすくすと笑った。 「深澄は正直で可愛いなあ」 「だって……なんか、隣の女子が『断り方も優しくて残酷』とか、『断ってんだか惚れさせてんのか分かんない』とか、色々言ってて」 「え? その子たちは会話聞いてたの?」 「5組にひそんでた」 「あらら」  あきは、恥ずかしそうにおでこに手を当てた。 「じゃあ一から話すと、まず、教材室に行こうとしたら呼び止められて、話したいことがあるって言うから、教室に入ったの」 「なんでいすに座って話してたの? 断るならさくっと立ち話でよかったような……」  とりあえずあきの話を最後まで聞こうと思っていたのに、つい、口をついて出てしまった。 「ああ、それは自己防衛。言ったじゃない、前に、無理矢理迫られたことがあるって。机を挟んでいすに座ってしまえば物理的に距離が取れるし、とっさに何か起きることもないし。それに、じっくり話を聞いてあげた方が、結果的にちゃんと納得してあきらめてくれるから」 「そっか」  なるほど、と思った。  サクッと断ってしまうより、未練なくあきらめてくれるということなのかも知れない。 「丸川さんが言ってたことも話した方がいい?」 「あ、丸川さんって言うの? 下の名前しか知らなかった。女子たちが話してたの聞いてただけだから」  あきは、俺の手を握った――不安そうにしていたのが分かったのかも知れない。 「去年の体育祭で僕と話したことがあって、好きになったって言ってた。告白するつもりはなくて片想いでいいと思ってたけど、3年になって受験に集中しなきゃいけないのに僕のことばっかり考えちゃうから、告白しようと思った。指輪の件で僕に恋人がいるのは分かったけど、自分の気持ちの問題だから、急にこんなこと言い出して迷惑かけてごめんなさい……と言ってたよ」  女子たちが言っていた話とほぼ同じなので、特に驚きはない。 「それで、あきはなんて言ったの?」 「まずは、迷惑ではないけれど、僕には恋人がいるから、気持ちには応えられませんって言った」 「え? そういうのって普通、生徒と先生だからとか言うんじゃないの?」 「ん?」  あきは、不思議そうな顔で小首をかしげる。 「常識的に無理って言った方があきらめてくれそうな気がするんだけど」  俺の疑問に、さらに不思議そうな顔をする。 「だって、丸川さんの気持ちに応えられないのは、そこが理由じゃないもの。深澄がいるからダメなんだから、きちんと正しい理由を言うべきでしょ?」 「は」  うれしくて、死ぬかと思った。 「それで、僕から少し質問した。この告白は、僕と付き合いたいという気持ちだったのか、あきらめるためのものだったのか、どっちかなって」 「丸川さん、なんて?」 「OKしてくれたらうれしいけど、無理だって分かってたから、伝えるだけでいいと思ってたって」  まあ、それはそうだよなと思う。 「ちゃんとあきらめられた? って聞いたら、あんまりって言うから、もうちょっときっぱり言ってみた」 「なんて?」 「僕を好きでいても意味がないよって言った」 「え、嘘でしょ?」 「嘘言ってどうするの」  女子たちの事前情報では、『優しい断り方』だったはずなんだけど……?  こんなこと言われたら、すごい傷つくと思う。少なくとも俺なら、めちゃくちゃ傷つく。 「僕は、ひとを好きな気持ちは、相手にも好きって言ってもらえなくちゃ、建設的じゃないと思うんだよね。無理してても疲れちゃうもの」 「まあそうだけど」 「シンプルな話だよ、って言った。友達関係で考えたら、好きじゃないと言われている友達といつまでも一緒にいようとするのは良くないってことはすぐ分かるよね? それは恋も同じだと思わない? って聞いたら、理解してくれた」  すごく先生っぽいと思った。そして、キュンとしたという女子の言い分も分かる。  すごくキュンとしている自分がいる。男のくせに。バカだ。 「丸川さんが僕のことを恋愛的に好きでいるのは意味がないと思うけれど、同じ学校の一員と思ってくれるなら、僕も同じ気持ちだから意味があるって言った。それで納得してくれたかな」 「そっか」  ……と話を終わろうとしたけど、記憶では、それで終わりじゃなかったはずだ。 「それで終わり?」 「あとは……えーと、丸川さんからひとつ質問された」  なんだか言いにくそうだけど、気になるので、黙って続きを待つ。  あきは、少し照れながら言った。 「三船先生は、どんな風に好きなひとと好き同士になれたんですかって聞かれた」 「えっ? 答えたの?」 「うん、答えたよ。ごまかすのは誠実じゃないかなと思ったから」  心臓がドキンドキンとうるさい。 「なんて言ったの?」 「会えるのを楽しみにしてたって素直に伝えたら、そのひとも同じように答えてくれたって言った。それから、相手のひとが、一緒にいたいっていうことを表情とか行動でいっぱい伝えてきてくれたから、僕のこと好きですかって聞いちゃった、って言ったよ」 「はー……」  あまりのことに、腑抜けた声を出してしまった。 「ドラマみたいって言われた。こんなに普通のふたりなのにね」  そう言って、頬をなでられる。 「それは、あきが俳優さんみたいにかっこいいからそう言うだけでしょ。同じことを普通のひとが言っても、ドラマみたいっていう感想にはならないよ」  もし俺が女子だったとしても、かっこいい三船先生が『僕のこと好きですか』なんてセリフを言ったと聞いたら、ドラマみたいだと思うだろう。  でも、そんなドラマみたいなことを言われたのが俺で、そのあとも、何回も何回もドラマみたいなことを言われたりされたりして…… 「深澄?」 「ん?」 「君、なんて顔してるの。無防備すぎる。キスしてって言ってるみたい」

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