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あきは身を乗り出して、俺の胸ぐらをつかむようにして強引にキスしてきた。
慌てて離れる。
「わ! ちょっと!」
「誰も見てない」
今度はゆっくり、くちびるをくっつけてくる。
「ん……」
目の前が壁で見えないとはいえ、俺は制服だ。
バレることをしないように慎重なあきが、こんな大胆なことするなんて。
「いまのは深澄が悪い」
「なんでよ」
「だって、あんな可愛い顔されたらどうしようもないじゃない」
「え、俺どんな顔してた?」
「何か思い出してたでしょ」
図星だ。言葉に詰まる。
「でもおあいこかな。僕、丸川さんとその話してるとき、すっごいだらしない顔してたでしょ? 自分で分かる。生徒相手に何言ってるんだろって思ってた」
たしかにあのときのあきは、すごく可愛くはにかんでいて、何か熱烈にほめられてるのかとか思った。
あきはあきで、色々思い出して照れていたのかも知れない。
「どんなひとなんですかなんて聞かれなくてよかった。もし聞かれてたら、深澄の可愛いところ全部言っちゃってたかも」
「何それ」
あきは、俺の両肩をちょっとつかんで、耳元に顔を寄せてささやいた。
「こんな風にすると、耳が真っ赤になっちゃうところとか」
「う!?」
「うそ。こんな可愛い深澄、絶対誰にも教えない」
耳がじんわり熱くなる。
「可愛い。大好き」
「あき、やっぱキスして」
帰らなければならない時間が迫っているのが、分かっているからだ。
「目閉じて」
「ん」
ゆっくりと長いキス。
本当にこのひとのことが好きだなと、どこか悟ったように考える。
「帰ろうか」
「うん」
エンジンをかけ、バックするあきは、最高にかっこよかった。
ドラマみたいとは、よく言ったものだと思う。
「卒業したら、春休みに車の免許取ろうかな。取れたらあきとドライブ旅行行きたい。交代で運転して」
「深澄と一緒にいると、たくさん夢ができるね」
「俺もあきとしたいこと、いっぱいある」
あきは、ハンドルを切りながら言った。
「教員として働くのは、大変な時もあるけど、基本的には充実していて、僕はこの仕事が好きなのね。でもやっぱり、規則的に決められた時間に決められたことをこなしていく生活は、少し単調に感じるときもある。このまんま何年も過ぎていくのかな、とか」
「そんな風に見えないけどね。三船先生の授業、全然単調じゃなかったし」
「それは先生冥利 に尽きる言葉だね。ありがとう」
ニコニコと、うれしそうに微笑む。
「深澄はこれから社会に羽ばたいていくところで、夢も可能性もたくさんある。何より、深澄自身がすごく努力してるし。そういうひとがそばに居てくれるのは、僕もおんなじように自由に未来を考えていいんだなって思えて、すごく……毎日がキラキラし始めた」
「そっか」
元々、キラキラした世界を見せてくれたのは、あきなんだけどな。
元の高架下に戻ってきた。これで短いデートは終わりだ。
「ここでいいかな」
「うん、送ってくれてありがとう」
「本当は家まで送り届けてあげたいんだけど」
「会いに来てくれただけで十分だよ」
あきはさっと周りを見回し、誰も居ないのを確認して、俺の手を握った。
「卒業したら、ちゃんと迎えに来るからね」
こんなこと言うひと、ドラマでだって見たことない。
<5章 心配 終>
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