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6-1 東京

 9月半ばのある朝。修学旅行のしおりが配られた。  前から回ってくる冊子を最後尾で受け取り、だらだらと1ページ目を開いた瞬間…… 「は」  思わず、声が漏れてしまった。  引率教員一覧  1組補助 三船秋人  うそだろ……と、心の中で絶望した。  あきは今年担任を持っていないので、他学年の行事に駆り出されることは、よくあったのだけど。  修学旅行に三船先生が来る。しかも、うちのクラスの担当で。  俺は、3つの考えに支配されていた。  1つは、一緒に東京に行けるといううれしさ。  もう1つは、2泊3日顔を合わせ続けることへの憂鬱。  そして最後は、自分が変な気を起こすんじゃないかという恐怖。  いずれにせよ、ボロが出ないように細心の注意を払わなければならないと思った。  家に帰ってスマホを開くと、早速あきへメッセージを送った。 [修学旅行のしおり、見たよ。うちのクラスの担当なんだね]  ややあって、返事が来る。 [びっくりしたでしょ。ごめんね。情報を生徒に漏らすようなことができなくて] [分かってる、大丈夫だよ。でもびっくりした]  想像がつく。  学年主任か誰かに引率を打診されて、三船先生は嫌な顔ひとつせず『もちろんです』と答えただろう。 [ちなみに、深澄、何班になってる?] [4班] [分かった。なるべく別行動になるようにはするけど、叶わなかったらごめん] [ううん。個人的なことは置いといて、ちゃんと先生して」  送ったあと、ぱっと付け足した。 [俺、我慢できるかな笑 色々]  三船先生の返事はこうだ。 [仕事に邁進(まいしん)します]  自分に言い聞かせているようだった。  不運なことに、予備校の模試が重なったりして、修学旅行当日まで、あきと個人的に会って話すタイミングがなかった。  班行動でどうするとか、色々細かく話したかったんだけど……。  もちろん、名目上の話し合いの内容は先生方にいってるはずだけど、自由行動でどこを回るとか細かいことは、班のメンバーと休み時間にちょろちょろ話して決めているので、先生も把握していない。  そして前日のきょう、俺は禁じ手を使った。  予備校をズル休み。    きのうメッセージを送ったときは、怒られるかと思ったけど、俺の不安はちゃんと受け止めてくれた。  前日ということで、3年は13:30下校。  職員会議が終わる17:00まで待ってくれればということだったので、俺は一旦家に帰り、着替えて改めて出かけることにした。  親には、前日だから全コマ休んだと伝えた。  そして16:00すぎに、『買い忘れがあった』と嘘をついて、外へ出た。  嘘も板についたものだ。  スーツ姿のあきに子供っぽい私服の俺が会うのはかなり違和感なので、ありとあらゆる場所を考え尽くした結果、あきの自宅で話すことなっていた。  恋人の家に行く……。  初めてがこんな状況なのがもどかしい。  もっとのんびりしたいと悲しくなったけど、話すのが趣旨なので仕方ない。  あきの家の最寄駅で待つ――学区外だから、誰にも会うことはない。  それでも念には念を入れて、マスクにキャップをかぶっていたら、「どろぼうみたい」と言って笑われた。

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