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「うっわ!」  最悪の夢で目が覚めた。  夜、みんなが遊びに出払ってしまった部屋に三船先生が来て、クローゼットに隠れてエッチをしていたら、みんなにバレる夢。 「……絶対、絶対三船先生としゃべらない」  つぶやきながら、よろよろと朝食に向かった。  まさに修学旅行日和、という感じで、ぴかぴかに晴れた。  学校の前につけられたバスで新幹線の駅まで行き、そのまま東京へ行く。  バスは、座席決めのときに『絶対に酔わない体質』と主張して後ろの方の席になり、先生たちがいる1番前から離れた。  新幹線は班ごとの並びの関係で、先生の席からは死角。  全体行動の見学では『まじめな成瀬』を発動して、真剣に話を聞き、熱心にメモを取り……ホテルに着くまで、1度も目を合わせずに済んだ。  もっとも、三船先生は普通に仕事として忙しそうで、列を並べたり他の先生と話したり、施設の関係者にあいさつしたりでそれどころじゃなさそうだった――結局、目は合わせなくてもスーツの後ろ姿をチラチラ追ってしまっているから、情けないなと思う。  見学を終えて、ホテルに着いた。 「すげー! スカイツリー見える!」  同室の3人が、窓に張り付いてはしゃいでいる。  部屋割りは自由に組めたので、仲が良いやつらと一緒になった。  1学期ずっと前の席だった山口と、2年連続同じクラスの川合。たまにうちに来てゲームする仲の梅元。  普通のホテルだけど、会議室や遊戯室などが充実しているし、大浴場があるので、修学旅行生とか会社の研修とかでよく使われるらしい。  うちの学校は毎年ここだと、入学前の学校説明会で聞いていた。 「夜、女子の部屋行く?」 「無理だろ、先生巡回来るって兄貴が言ってたし」 「え?」  思わず口を挟んでしまった。  巡回の話は聞いていない。  聞いていないということは、あきは担当ではないということでいいのだろうか。 「寝てる間に来るの?」  言い出した梅元によると、消灯の22:00から日付が変わるくらいまでの間は、先生がウロウロしているらしい。 「ま、よっぽど変なことしてなけりゃわざわざ入ってくることもないだろうし。あ、そろそろメシだ」  梅元がスマホの画面を見せてくる。 「アジフライ楽しみだなー」  4人で食堂に向かった。  夕食は班ごとで、男子は俺と山口、女子は高岡さんと笹井さんという、ギャルではないけれどメイクが濃い目の、流行り好きっぽい子。  山口はサッカー部で顔が広いし、俺はまじめキャラだけど誰とでもしゃべれるタイプなので、特に問題なく、自由行動が楽しめそうだと思う。 「ふたりも一緒に撮るよね? プリクラ」  高岡さんが身を乗り出してきた。 「えーやだよ。顔宇宙人みたいになんじゃん」  山口が、笑いながらぱたぱたと手を振る。 「じゃあ山口はいいよーだ。成瀬くんは入ってくれる?」 「うん、いいよ。山口も入ればいいじゃん。宇宙人みたいなとこ見たいよ」 「成瀬くんやさしー」  くだらない会話だけど、修学旅行ならではって感じで楽しい。  ふと顔を上げると、つい、先生たちの卓をチラッと見てしまった。  三船先生の隣は、古文の藤澤先生だった。  教材室であられもないことをする最悪な夢を見てしまった、ふたりの組み合わせ。  そんなことは知る由もないふたりは談笑していて、三船先生はただいつもどおりの優しい顔つきで話しているだけなのに、なんとなくもやもやした。  バカだな、と思う。  夕食を終えて、入浴時間。  大浴場では高校生ノリの友達がはしゃいでいて、まじめな成瀬はしゃかしゃかと頭を洗いながら遠巻きに見ていた。  間違っても飛び火してこないよう、湯船でも端っこの方で静かに浸かる。  先生もみんなで入るのかな……と考えかけてやめた。  入るに決まってるし、誰も他意はない。  ついでに、先生たちがどの部屋で寝ているのかはしおりに書いてなかったことも思い出した。  何人部屋で寝てるんだろうか。  ふたりだったらやだな、とかまたしょうもないことを考えて、もうやめようと思って上がった。  消灯時間になり、みんな部屋に入ったけど、当然すぐ寝るわけがなかった。  そして話題は自然と、女子の話になる。  誰が可愛いかとかを話しているのを、適当にあいずちを打ちながら聞いていた。 「おい川合。彼女に言うぞ」 「え、ここだけの話じゃん。言わないで言わないで」  4人のうち彼女がいるのは、山口と川合。梅元は、最近気になる子がいるらしい。 「成瀬は?」 「何が?」 「可愛いなーとか思う女子いないの?」 「別に、かな」 「マジ? お前、アレついてる?」 「健康です」  めんどくさいオーラを出して終わらせようとしたとき、梅元がぼそっと言った。 「成瀬、お前、彼女できただろ」 「え……?」  心臓がドキッと跳ねた。バレた? いや、そんなはずはない。  そんなそぶりは見せたことがないし、そもそもそういうキャラじゃないことくらい、みんな分かってるはずだ。 「え、ついに?」  川合がぱっと反応した。 「梅元何で分かったの?」  山口が興味津々に聞く。  この中では、梅元が1番、学校外で遊ぶ機会が多い。家にもよく来てた。  けど3年になってからは予備校も別だし、ほぼ遊んでいない。  ただなんとなくで言ってるだけだと思いたい。 「脇腹んとこキスマークついてたよ」 「は?」 「さっき風呂で見た」 「へ?」  さーっと血の気が引く。  たしかにきのうは、身体中あちこちキスされた。  でもあきはいつも、痕がつかないないように優しくくちづけてくれるし、そんなものつくはずない。 「え、マジ? 見せろ」 「やだよ、ないし」 「ないならいいじゃん」  川合がめくろうとしてくる。 「えー、成瀬童貞じゃないの!?」  食い気味の山口のおでこを押さえ、盛大に眉間を寄せる。 「俺がしたことあるように見える?」 「見えないからマジムッツリ」 「だからないってば。女子と話すら滅多にしないし」  梅元が噴き出した。 「うそ」 「はあ!?」  怒り気味にずいっと近寄る。  山口が横で大笑いした。 「だよなー? 成瀬がヤッてるとことか想像できねーわ」 「はー……、そういうしょうもないからかい方やめてくれる?」  終わるかと思いきや、梅元が変なことを言い出した。 「でもあんなムキになる思わなかった。さらっと終わるかと」 「服めくられそうになったら誰でも怒るでしょ」 「成瀬なら、ほらないでしょ、ぴらっ、で終わるかと」  たしかに、春までの俺だったら、そうかも。 「そういう話題に慣れてないから焦っただけ」  本当、嘘がうまくなったなと思う。

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