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 朝食のビュッフェで、見てはいけないと思いつつ、つい見てしまった。  三船先生の私服。  いつも見てるからなんてことはないはずなのに、なぜか『私服かっこいいな』と思ってしまった。  高岡さんと笹井さんが、きゃいきゃい話している。 「三船先生の私服超かっこいいーやばーい」 「若く見えるよね。大学生で通用するよあれ」  薄手の白いニットに、くるぶしが見える丈の黒いスキニーパンツ。これだけ。  シンプルゆえに、三船先生の優しい顔立ちが輝いて見えてしまう。  そして、三船先生が最近買ったものを知っている俺には、もう未来が見えている。  出発前のロビーで、女子が悲鳴を上げるはずだ。 「それでは、山手線の外回りに乗る班は、こちらに並んでください」  学年主任が指示を出すなか、女子たちは、キャーキャー悲鳴をあげているか見惚れているかの2択だった。  三船先生のアウターは、俺が似合うと絶賛した濃紺のチェスターコート――そんな名前だというのは、一緒に買いに行って初めて知った。  それから、先の丸い革靴。薄くて四角いリュック。  それだけでも十分かっこいいのに、どうしてグレーのニット帽まで合わせたのか。  ああ、これも俺が似合うって言ったからだ。 「三船先生可愛すぎるやばい……!」 「キュン死する、キュン死」  他の先生たちもかなりカジュアルなので、きょうは先生も普通におしゃれしてOKということなのだろう。  清楚系な藤澤先生を見て、男子が沸いている。  自由行動の行き先は、女子が行きたいのが原宿か渋谷か新大久保かの3択みたいなものだった。  うまくオタクでくっつくことができた班は、秋葉原と池袋をハシゴするらしい。  そして、混雑した山手線にぎゅっと詰め込まれた俺は、不幸にも、三船先生を囲む女子集団の真横に立つことになってしまった。  聞きたくなくとも、会話が聞こえてしまう。 「三船先生おしゃれですねー」 「あはは、ありがとう」 「どこで買ってるんですかー?」 「特にこだわりはないよ。ぶらぶらしていて良いものがあったら買うかな」 「あっ、もしかして彼女さんに選んでもらうんですか?」 「いやあ。選んでもらうっていうか、変じゃないか聞いたりはするけど……」  やめて。三船先生、そんなにペラペラしゃべらないで。 「彼女さん、どんなひとなんですか? 年上? 年下?」 「年下」 「キャー!」 「芸能人で誰に似てるとかありますかー?」 「テレビをあまり見ないから分からないなあ」 「じゃあ何系ですか? 美人とか可愛い系とか」 「可愛い」 「キャー! いいなー!」  いたたまれない気持ちになってくる。 「どうやって知り合ったんですか? どっちから言って付き合ったんですか?」 「えーっと」  ……答えるの? 嘘でしょ?  頭のなかで三船先生の口を押さえようとするけど、当然無理だ。  というか、三船先生は俺がここにいることに気づいているのだろうか。  死にそうになりながらうつむいていると、少し困ったように笑う三船先生の声が聞こえてきた。 「知り合ったのは、泣いていたのを僕が声をかけて、お付き合いを始めたのは……一応僕から言ったけど、ちょっとズルい聞き方をしちゃったからなあ」 「えっ、なになにー!? 気になります!」 「僕のこと好き? って聞いちゃったの。あはは」 「えー三船先生可愛いー」 「そんなの好きな人に聞かれたら胸キュンしすぎて死ぬ!」  女子たちの騒ぎ方がすごい。  まあ、先生の恋バナエピソードを聞く機会なんてほとんどないだろうし、仕方ないと思うけど。 「でもそれ、先生から言ったことにならなくないですかー?」 「えーっと……恥ずかしいなあ。言わなきゃダメ?」 「ダメー!」  ダメじゃない。断って。  でも優しい三船先生は、女子の勢いに押されて、答えてしまう。 「えっとね。『僕のこと好き? 僕は君のことが好き』って言ったのが全文」 「は、え!? 無理無理無理、ドラマ? 映画?」 「言われたいー!」  死にたくなりながら行き先の電光掲示板を見ようとして、ふと気づいた。  ガンガン話を聞き出している女子の周りで、明らかにショックを受けている子たちが何人かいる。  もしかして三船先生は、きょうの夜対策に先手を打ってくれているのではないだろうか。 「あ、ほら。渋谷に着くよ。降りたら柏木先生にちゃんとついて行ってね」 「はーい」  扉が開き、半分くらいの生徒が降りていった……そのとき。  完全に三船先生と目が合ってしまった。  三船先生は、ぱっと目を見開いたあと、何事もなかったかのように他の生徒と話を始めた。  あの様子だと、俺がいたことには気づいていなかったのだろう。  ポーカーフェイスだという三船先生はたぶんお首にも出さないけれど、内心めちゃくちゃ後悔しているのではないだろうか――というか、反省して欲しい。 『原宿ー、原宿ー』  車内アナウンスが聞こえる。 「成瀬ー、こっちー」  少し離れたところに山口の姿を見つけて、さっさと移動した。  ドアが開いて、狭いホームにドッとひとが吐き出される。  竹下口に向かう俺たち。表参道口の方へ歩いて行く三船先生。  あとで会うことになると思うけど、果たして俺は、正気を保っていられるだろうか。

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