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「すげえひとだなー、平日なのに」 「これ、通り抜けるのにどれだけかかるんだろ」  竹下通りは、想像をはるかに超える大混雑だった。  ただの平日なのに、進むのすら大変だなんて。 「ね、あそこにプリクラある! 撮ろ!」  笹井さんが指差した地下への階段には、カラフルな文字で『プリクラ』とあった。  山口が何か言おうとしていたけど、有無を言わさず連行された。  どの機械もモデルみたいな女の子の写真がでかでかと映ったデザインで、入るのには、なんとなく気後れしてしまう。  女子たちはいつにも増してバッチリメイクをしているし、山口はちょっと髪を染めたりしているから、まあまあなじんでいる。  でも、まじめな見た目の成瀬は、明らかに浮いていた。 「これが1番盛れるよ」  女子たちに言われるがままに機械の中に入って、真っ白な照明の中で、ぎこちなく顔を寄せる。 「なんか変顔してー?」 「無理」 「なんだよノリ悪ィなあー」  嫌がっていたはずの山口がノリノリで写っていて、俺はどのテンションでいればいいか分からず、ほぼ真顔。  まあどのみち宇宙人みたいになって原型はとどめないのだから、表情なんてどうでもいい気がする。 「なーるせくんっ!」  呼ばれて顔を向けると、高岡さんに腕を組まれた。 「えっ!」  驚いている間にパシャッと照明が光る。 「えへへ、びっくりした?」 「う、うん。びっくりした……」 「やめろよ成瀬は純情なんだから。汚れる汚れる」 「はー!? マジ山口ムカつくんだけどー!」  と言いつつとっても楽しそうなので、3人ともはしゃいでるなあと思った。  落書きは女子に任せることにして、外で待っていた。  隣の山口が、ニヤニヤと耳打ちしてくる。 「お前、高岡まんざらでもないんじゃねーの?」 「え? 俺? そういうの興味ないよ」 「違ぇよ、高岡の方がだよ。朝食んときも、成瀬のこと私服子供みたいで可愛いとか言ってたじゃん」 「からかわれただけだと思うけど」 「お待たせー」  女子たちが戻ってきて、切り分けたものをくれた。  見ると、高岡さんがくっついているショットが結構大きめに採用されている。  山口が、目線だけでニヤニヤと何かを訴えていた。 「次はコットンキャンディのお店ね」  顔くらい大きいわたがしらしいけど、こんな人混みの中で食べるなんて無謀じゃないかと思う。  でもそんなこと言えないので、黙ってついて行くことにした。 「わー、大っきい! 撮って!」  女子ふたりは、SNSに載せる為、何枚も角度やポーズを変えていて、山口がめんどくさそうにシャッターを切っている。  撮り終えて満足したふたりが食べ終わるのを、人混みを眺めながら待っていた。  「成瀬くんも食べる?」  半分くらいになったわたがしの向こうで、高岡さんが微笑む。  厚意を無下にするのは悪いと思って、ひとつまみもらった。甘い。  そんな調子で、竹下通りを抜けて右に折れ、タピオカも買った。  とにかく食べ物は並ぶ。  飲み物に20分も並ぶなんて理解できない……というのが正直な感想だけど、女子組は楽しそうだし、山口もなんだかんだ話に混ざったりしていて、俺も聞くとはなしに聞いていた。 「就職は東京でしたいなー」 「気が早ぇな。まず志望校受かんなきゃだぞ」  大体のひとは、地元か、離れても地方圏内の大学に進学する。  そういえば、大学以降のことは具体的に考えていなかった。  上京したいと言っているひとも多いけど、俺はあきがここにいる限り、ずっと地元から出ないのだろう。  女子たちが飲み終えたので、大きな道路沿いを進む。  このまま行けば、三船先生と会うはず。  少し緊張しながら歩いて行くと、三船先生が、外国人と話していた。  信号の先を指差しているので、たぶん道案内。  専門は国語とはいえ、先生なのだから英語くらい話せるだろう……とは思うけど、なんかかっこいいと思ってしまった。 「三船せんせー!」  笹井さんが大きく手を振ると、三船先生も手を振って返してくれた。 「1組4班だね。変わったことはない?」 「大丈夫です!」 「ランチはどこで?」 「あそこのビルでパンケーキ食べます」 「は? 聞いてねえぞ?」 「えー、せっかくだし定番食べたいよ」  高岡さんが、かなり至近距離にくっついてきた。 「成瀬くんは? 甘いの好き?」 「うん、好きだよ」  その……腕のあたりに、女子の当たってはいけない場所が当たっている。  三船先生はニコニコしているけど、絶対見られたくない状況だ――当然見えている。  距離を取るべく一歩下がろうとするも、高岡さんは、俺のパーカーを引っ張った。 「ほら、成瀬くんはいいって言ってるよ。山口も文句言わずついてきなさい」 「甘くないおかず系もあるから」  笹井さんがたたみかけて、山口が折れた。 「わーかったよ」  見た目には、ほほえましい光景だろう。  でも俺は、気が気じゃない。 「気をつけて行ってらっしゃい」 「はーい」  女子たちが手を振って、別れを告げる。  交差点の向こうへ渡りながら、なんて光景を見せてしまったんだろうと思って、泣きたくなった。  ファッションビルでは、服が見たいということで、男女分かれて別のフロアを見ることになった。  メンズフロアで山口にくっついて物色する。  ふいに、あきにプレゼントを買おうかなと考えた。  でも俺はファッションに興味がないし、何を買っていいか分からない。  不自然にならないよう、さりげなく山口に聞いてみた。 「あのさ、男物でプレゼントするとしたら、何がいいと思う?」 「男にプレゼント? 何の趣味だよ」  山口は笑っている。俺はまじめな顔で言った。 「お世話になってるひとに渡そうと思って。おしゃれなひとだから、何を贈っていいか分かんないんだけど。無難なやつ、なんかあるかな」  山口は、「あー」と言ってしばらく考えたあと近くの売り場を指差した。 「無難と言ったら、やっぱマフラーとか手袋じゃね?」 「なるほどね」  周りを見回してみる。  奇抜な柄だと、たとえば学校にしてきたときにあれ『成瀬が買ったやつじゃん』なんて、目ざとい山口が気がつくかもしれない。  どこにでもありそうな、あまり個性のない、でももらって嬉しいようなものはどれだろう。  試しに手に取ったものの値札を見て、ちょっと手が止まる。  マフラーって思ったより高いんだな、というのが感想。   「あー、俺ちょっとあっち見てくるから。買い終わったら電話して」 「分かった」  山口とも別れたところで、店員を呼び止める。 「すみません。プレゼントを買いたいんですけど。マフラーで」 「こちらが冬物小物のコーナーですね」  マフラー、帽子、手袋。 「できればあんまり高くないもので、目立たないシンプルなのやつで。贈る相手は年齢が上なので……」

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