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最終日は東京タワーへ行き、各々お土産を買って、帰ることになっている。
全体行動で一通り見学したあとは、自由時間。
俺は家族用のクッキー缶を買い、外のベンチでひとり、ソフトクリームを食べていた――みんなは、部活の後輩だのバイト先だのに買うので、なかなか決まらない。
チョコソフト。
ぺろっとなめると、きのうのことを思い出してしまった。
さすがにバカだと思ってかぶりつくと、頭の上から声をかけられた。
「成瀬くん」
ドキッとして顔を上げると、三船先生だった。
大胆すぎる。
「買い物終わったの? 早いね」
「家族用だけなんで、適当に選びました」
「アイス食べてバスに乗ったら、気持ち悪くならない?」
「いや、酔わないタイプなんで」
「僕なら気持ち悪くなるなあ。それで、前の席に変えてもらうかも」
「ならないですよ俺は」
「そう。振られちゃった」
にっこり笑って、行ってしまった。
続きを食べながら目で追っていると、三船先生は、色々な生徒に声をかけては、ニコニコしている。
買い物を終えた生徒たちは、東京タワーをバックに写真を撮り合っていた。
「成瀬ー! 撮ろー!」
呼ばれた先を見ると、梅元が手を振っていた。
その横には、三船先生。そして1組のほとんどの生徒。
策士だなあ。あの手この手で、俺と一緒にいようとする。
正式な集合写真ではないから、並びはみんな、めちゃくちゃだ。
まじめな成瀬は、クラスの調子いいメンバーとは離れて、1番端に立つ。
「三船先生真ん中来てくださいよー!」
「いやあ、僕は端でいいよ」
そう。三船先生は担任ではないので、俺の横に立つ。
一瞬だけ手が触れたけど、素知らぬ顔で、前を向いていた。
何人分ものカメラで撮るから、ずーっと隣。
卓球できなかったもんね、ごめんね。
……なんて心のなかで思いながら、俺はたいして表情を作りもせずに、撮影が終わるまでただただ突っ立っていた。
隣で三船先生がどんな顔をしていたのかは、誰かに送ってもらって見ようと思う。
帰りの新幹線で、高岡さんと気まずいんじゃないかと心配したけれど、とりこし苦労だったようだ。
笹井さんがトランプを持っていて、『最後に修学旅行っぽいことがしたい』というので、ひたすらババ抜きをした。
山口が大見栄を切ってババを引いたときは、高岡さんが泣くほど笑っていたし、俺も楽しくて、高校生っていいなと思った。
これが終わったらまた日常が戻ってきて、授業と予備校で勉強漬けの日々になる。
チラッと、一生に一度の高校生活の終わりがそれでいいのかな、と思った。
もちろん勉強をやめる気なんてさらさらないし、明確に大学で学びたいことがある。
でも、ずーっとまじめな成瀬でいなくてもいいような気もした。
いままでは、あきの前でだけナチュラルな自分でいられればいいと思っていたけど、せっかくの青春を謳歌 しないのはもったいない気もするし、何より、あきが『前より表情が豊かになった』と言ってくれた。
周りに対して、もう少し自然体でいてもいいのかもしれない。
頑なに『素を出してはいけない』と思い込んでいたけれど、そんなにガチガチにしなくても。
ただ生きてるだけで、悪いことをしているわけでもないし。
ふいっと、気が楽になった。
目の前の山口はニヤニヤとカードの扇を広げていて、1枚だけわざとらしく出している。
「性格悪いなあ」
「うっせーよ。いいから早く引けって」
俺の手がうろうろと迷うのを3人が見つめていて、俺も自然と笑顔になった。
友達とは、損得抜きで付き合おう。そのくらいは神様だって許してくれるはず。
そう思ったとき。
「三船先生のノロケすごかったねー」
背中合わせの後ろの席から、女子の声が聞こえた。
「可愛いって断言してたじゃん。いいなー。超イケメンで優しい彼氏が、自分がいないところでも可愛いって言ってるとか。うらやましくない?」
「写真ないのかなー。そんだけラブラブなら、彼女専用フォルダーとかありそう」
「どさくさにまぎれて見せてって言ったら、ノロケつつ見せてくんないかなー」
はしゃぐ女子の声。
周りの景色がすうっと白くなった。
目に浮かぶのは、学校の廊下。3階の教材室前。
誰もいないと気を抜いた俺が、荷物を抱えたあきの元へ駆け寄って、満面の笑みを浮かべる。
なでて欲しくて、二の腕のあたりに頭をこつんとつける。
優しいあきは、荷物を片手に抱え直して、そっと手を伸ばしてくれる。
その横を、教頭先生が通った――
「わっ!」
「あ!?」
大声を上げて正気に戻った俺を見て、山口がさらに大声を上げた。
「なんだよ急に!?」
「ごめん、ちょっと思い出しびっくり」
「なんだそりゃ」
山口はヘラヘラ笑っていて、女子ふたりも、「どーしたの?」と言ってのぞきこんでくる。
やっぱり、素なんか絶対に出しちゃだめだ。
ボロが出る。
そしたら、あきを守ることはできない。
無事学校に着き、学年主任の締めの言葉で、修学旅行は終わった。
俺は、三船先生のことを1度も視界に入れることなく、誰よりも早く校門を抜けた。
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