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7-1 妹
10月3週目の文化祭に向けて、学校は、慌ただしくもお祭りムードだった。
各クラス出し物があって、準備に手間のかかるもの、たとえばお化け屋敷やがっつりとした食べ物系は1・2年の担当で、3年は、簡単なゲームとか、チョコバナナみたいな当日に作るだけで良いものが担当になる。
「写真館で決定です!」
クラス委員が、大きな感熱紙を黒板に貼った。
写真館とは、簡単に言えばミスコンみたいなものを掲示物でやるものだ。
いろいろなテーマのランキングを作って、全校生徒にアンケートを配り、選ばれたひとたちを写真に撮って貼っていくだけ。
うちの学校で毎年伝統になってるものを、3年1組が勝ち取った――当日何もしなくていいので、最も楽だとされている。
ランキングの項目さえ話し合いで決めてしまえば、あとはクラス委員がアンケート配布から回収までしてくれて、顔が広い連中が写真を撮ったりインタビューして終わり。
というわけで、俺はほぼ何もしなくていい。
去年は、メイド喫茶に当たってしまい、「面白いから」という最低な理由で女装をさせられた――この件については、川合に対して未だ恨みが晴らせていない。
今年は楽だと、安堵 した。
しかしその数日後、それは大間違いだったことに気づく。
ある日の学活で、全校生徒から戻ってきたアンケートを、みんなで手分けして集計していた。
「また重田と咲良ちゃん」
つぶやいてしまったのが運の尽きだった。
「あれ? 成瀬くん、ふたりと知り合い?」
「え、あ……うん」
ベストカップル3年生部門で、予備校が同じ重田とその彼女の咲良ちゃんへの票が多かった。
咲良ちゃんはサッカー部のマネージャーでアイドル並に可愛いし、1年からずっと付き合っているから、ふたりの仲がいいのは学年問わず有名だ。
そんなふたりと俺は、なぜか3人で遊びに行くことも多々あって、よく知った仲。
「じゃあふたりのインタビューと写真、お願いしてもいい?」
「何すればいいの?」
「インタビューはあらかじめ項目を渡すから書いてもらって、写真はスマホで撮って送ってくれればいいよ」
「分かった」
ものすごく面倒だ、と思った。
その後も集計を取り続けた結果、予想通り、重田と咲良ちゃんカップルが1位になった。
そして俺に告げられた残酷な事実は、1位はキス写真という指定が入っているということ。
「なんで好きこのんで友達のキスシーンなんか見なきゃいけないんだろ」
隣にいた山口に問いかけると、「さーな」と、ぶっきらぼうに言われた。
もしかしてと思って集計結果を見ると、山口とその彼女は4位。
惜しくも漏れたというわけだ。
そのことには特に触れず、重田宛にサクサクとメッセージを作る。
[おめでとうございます。重田慶介様と宮崎咲良様カップルが、ベストカップル3年生部門の第1位に選ばれました。つきましては、ご都合の良いときに、簡単なインタビューと写真撮影をさせていただきたく存じます]
イヤイヤ感たっぷりに送りつける。
ほどなくして、スマホが震えた。開くと一言。
[あとでそっちいくわー]
漢字変換くらいしろ。
放課後、1組にふたりがやってきた。
「なるちゃーん、久しぶり」
「久しぶり。ベストカップルおめでとう」
「えへへ、ありがとう」
俺のことをなるちゃんなんて呼ぶのは、咲良ちゃんだけだ。
「俺ら1位なの? 早川たちは?」
「別れたらしいよ」
去年の1位だ。卒業したらすぐ結婚すると宣言していたのに、まあそんなもんかと思う。
俺は紙とシャーペンを取り出し、机の上に広げた。
「とりあえずこのアンケート埋めてもらえる?」
誕生日、呼び合ってるあだ名、相手の第一印象、好きなところ……等々、お互いが書いていく式だ。
「告白したときのセリフ……? 2年半も前こと覚えてねー」
「覚えててよ、去年も書いたじゃん。それで同じ会話した、慶介覚えてないって」
「それも覚えてねえ」
仕方なく、咲良ちゃんが丁寧に解説する。
簡単に言うと、入学式後の部活勧誘で先輩にしつこく誘われていたところを重田が仲裁に入り、その後1ヶ月に渡る咲良ちゃんの猛アタックに重田が応じた……と。
運の良いやつだなと思う。
最後の欄は『お互いにメッセージ』ということで、少し広めにスペースが割いてある。
ペンを取った咲良ちゃんがしばらく悩んだのに対して、意外にも、重田はすらすらと書いた。
『咲良へ いつも一緒にいてくれてありがとう。いるのが当たり前すぎて、咲良がいない生活なんてもう考えられないから、一生大事にします。将来、俺を選んで良かったって思ってくれる日が来たら、うれしいです』
一読した咲良ちゃんは、ぽつっと「なんでアンケートで書くの。直接言ってくれればいいのに」と言って、顔を赤らめた。
「あと、なんかインタビューって言われてるんだけど」
空気には気付かないふりをして、質問する。
「友達の俺から見てふたりはどんな感じか聞かなくちゃいけなくてさ。俺の印象は、咲良ちゃんは甘え上手で重田はただのラッキー野郎って思ってるんだけど、どう?」
「何、ラッキー野郎って」
咲良ちゃんがクスクス笑う。重田は頭をかきながら言った。
「そう思うよ。俺はこんななのになぜか愛想尽かされないラッキー野郎だし、咲良の甘え方はひとを操る力がある」
「操るって人聞き悪いなあ」
咲良ちゃんが少しむくれる。
「いやいや。咲良の目はね、じっと見られると、言うこと聞かなきゃって気分になるんだよ。他のやつにやんないでね?」
「え……うん。分かった」
「はい、ごちそうさまでした」
無理矢理終了させて、走り書きをする。
スマホを取り出し、ひらひらと見せた。
「キス写真撮ってこいって言われてるんだけど。別に口じゃなくても、ほっぺたとか手の甲とか、なんでもいいって」
「えっ、はずかしいなー。それ掲示されるんだよね?」
「写真館だからね」
早く終わらせたくてスマホを構えると、重田はのっそりと咲良ちゃんの後ろに移動し、バックハグをして、口を頬に寄せた。
慌てて恥ずかしがる咲良ちゃんに対して、重田は小声で「帰りクレープ食いに行こ」とつぶやく。
咲良ちゃんは照れながら、重田に体を預けて、微笑んだ。
バーストで撮る。
ちょいちょいと手招きし、どの写真がいいか選んでもらって、インタビューは終わった。
「すごーい、超細かい! 成瀬くん、ありがとー」
翌日の放課後、中心になっている女子にアンケートとインタビューの内容を渡し、写真を送った。
「ふたりと仲良いんだ?」
「たまに3人で遊んだりしてた。最近はあんまだけど」
「へー、意外」
女子数人がスマホに群がって、バックハグキス写真にキャーキャー言っている。
「じゃあ、帰るね」
「うん。ばいばーい」
これで文化祭の仕事は終了。
準備のためにしばらく短縮授業になるけど、なんにもしなくていいので、集中して勉強できるチャンスだ。
いつもよりかなり早く、予備校の自習室へ向かう。
重田はひょうひょうとしたタイプだと思う。それに、咲良ちゃんの尻に敷かれてる感じもする。
でも実は将来のことまで考えていたなんて意外だったし、恥ずかしがることもなくすらすらと書くあたり、本当に当たり前のようにそう思っているんだろうなと思って……正直、うらやましいと思ってしまった。
英単語を覚えるべく、青ペンでひたすら筆記体を走らせる。
俺は半年先、とりあえず無事卒業するまでバレずに生き延びることしかいまは考えられなくて、あんな風に手放しでずっと一緒に居られるのが当たり前と信じられる関係性は、いいなと思う。
嘘偽りない感情があって、それを周りのみんなも知っていて、うらやましがって、ベストカップル。
別に張り合うつもりもないし誰かに認められたいということもないけど、俺があきと一緒にいたい気持ちだって、普通の彼氏彼女と変わらないのに。
なんだかな。
考えごとをしていたら、手元の destination は、みみずが這 ったような文字になっていた。
集中しろ、自分。
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