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 1階からぐるぐると上って見て回る。  更紗の学校は、進学校かつ清楚な校風のため、なんとかお近付きになりたい男がわんさといる。  更紗はこんな見た目だし、友達ふたりも普通に可愛らしい感じなので、そんな3人を引き連れた俺は道ゆく男子に何度も振り返られた。  普段話さないクラスの連中が、急に話しかけてきたりもする。 「よー成瀬! 楽しんでる?」 「うん、まあ」 「その子たちは?」 「妹とその友達」 「妹!?」 「成瀬更紗です。兄がいつもお世話になってます」  更紗が頭を下げると、男子たちが顔を見合わせる。  そして、俺のブレザーの袖を引っ張って、小声で要求してきた。 「妹、紹介して」 「俺右の子」 「紹介って? 連絡先交換するか聞けばいいの?」 「そうそうそう。お願い!」  このやりとりを何度かやって、レイナちゃんと桃ちゃんには、めちゃくちゃ感謝された。  更紗は「お兄ちゃん意外と友達いるんだね」という感想を寄越した。  普段全然しゃべんないけどね、と言おうかとも思ったけど、万が一更紗が誰かと付き合うことになったりしたらめんどくさくなりそうなので、黙っていた。 「あ、お兄ちゃんのクラスここ?」 「そう」  派手なポップの『写真館』――ドラッグストアでバイトしている女子の力作だ。  中に入ると、パーテーションに何枚も模造紙が貼られていて、テーマごとに、スナップ写真が貼り出されている。 「わー! すご! この先生めっちゃくちゃイケメンだね!」  興奮気味の更紗が、背中をバンバンと叩いてきた。 「あー、うん。優しいし人気の先生だよ」 【イケメン先生ランキング】  1位 2年現国 三船秋人先生  恥ずかしそうに笑う三船先生の写真が貼られている。  全校生徒600人のうち400票近くをかっさらい、ぶっちぎりで1位に輝いた三船先生。  新卒でうちの学校に来てから6年間、不動の1位らしい。 「お兄ちゃん関わりある?」 「学年違うし、あんま」 「なんだーつまんないの。こんな先生いたら国語めっちゃがんばるのになー。ね?」 「うん。うらやましいー」  そこで俺は、気づいてしまった。  更紗に三船先生の顔が割れたのは、まずかったのではないか、と。  三船先生が教師だと分かったということは、卒業して誰と付き合おうが自由になったとしても、元は生徒と先生であったということがバレてしまう。  いつか、あきがうちの家族と関わるようなことがあったとして。  男同士であることに理解を示してもらうのも大変だと思うけど、在学中から関係があったとなったら、いよいよ許してもらえないだろうなと思った。  まあ、そうなったら別に絶縁でもなんでもすればいい気もするけど、あきがそれはダメって言うかも知れない。  卒業後に意気投合したという感じで時系列をごまかせば良いのか……。 「なんだー、彼女いるんだ。そりゃそっかー」  更紗の声で、ハッと我に返った。 「やっぱ美人かなー、いいなー」  三船先生の写真の下に書かれたプロフィール文を読む。  年齢:28歳  誕生日:10月4日  あだ名:秋人くん  好きな食べ物:かぼちゃプリン  好きなスポーツ:元陸上部です  恋人:います  子供の頃の夢:消防車  最近うれしかったこと:サプライズで誕生日プレゼントをもらいました  みんなに一言:体調に気をつけて元気に過ごしてください  ……消防『車』になりたかったの? 『士』じゃなくて?  色々感想はあったはずなのに、1番最初に思ったのはそれだった。  隣で、三船先生の写真を眺めながら話す女子たちの声が耳に入った。 「あれ、恋人いるって普通に書いてる。去年までは、『内緒』だったのにね」 「あれじゃない? 指輪してきちゃった事件で開き直ったとか」  なるほど、ひとつ納得した。  いままで三船先生のことが本気で好きな女子が多かった理由は、単純にかっこいいとか優しいとかだけじゃなくて、恋人欄がはっきりしないせいで、『ワンチャンあるかも』と思ってしまっていたのではないだろうか。  毎年1位になって、毎年でかでかと『チャンスあり』と掲示していたわけだ。  少し、笑いそうになってしまった。  更紗が俺の肩に手を置いて、ゆさゆさと揺らす。 「お兄ちゃん、この先生会えないのー?」 「どこにいるかなんて分かるわけないじゃん」 「探しに行く!」 「ええ?」  そんなものに付き合っていたら、いつまでも重田たちと合流できない……。  適当にあしらおうとした、その時。 「三船せんせー! こっちこっち!」  女子が三船先生の背中をぎゅうぎゅうと押して、教室に入ってきた。 「え! あのひと? だよね!?」  更紗が無意味にポカポカと叩いてくる。 「痛い痛い。そうだよ」 「話しかけたい!」 「無理、俺ほとんど話したことないもん」 「意気地なしー!」  両手で頬をつねろうとしてくる。  やめろ、更紗。三船先生に見られる。  似てない妹に全力で絡まれるところなんて、見られたら何かの誤解を生みそうだし、高岡さんのときだってちょっとすねてて、案外やきもちをやくタイプだということが分かったし……。  俺がなんとか抵抗しているうちに、三船先生は女子に連れられてぐるっと室内を見たあと、にこやかに手を振って出て行った。  たぶん見ていなかった、と思うけど、見なかっただけで視界には入っていたに決まっているから、絶望した。 「あー、もう行っちゃった。お兄ちゃんのバカ」 「俺のせいにしないでくれる?」  バカはそっちだと内心悪態をついていると、別の模造紙を見ていたレイナちゃんが声を上げた。 「見て見て更紗! このひと彼女募集中だって!」  1年イケメンランキングの1位だ。 「お兄ちゃん、このひとは? 知り合い?」 「知るわけないだろ」 「お兄ちゃんほんっと使えない」  更紗、お前、変なことになったら一生恨むからな。

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